(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年04月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区大阪城 生國魂神社お旅所跡


大阪市中央区大阪城にある生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)お旅所跡です。

大阪城の南外堀の西の端にあたる場所にあり、私も数え切れなきくらい前を通っていますが、気がついたのは初めてです。

なんとなく、石碑のようなものは目に入ると思いますが、奥の台の部分にはなかなか気がつかないような気がします。


生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)お旅所跡

生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)と大阪城

生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)の歴史を文献史料でたどると、「日本書紀」孝徳天皇即位前紀(645)に「生國魂社(いくくにたましゃ)の樹を斬りたまふ…」とあるのが初出であり、これは難波宮(なにわのみや)造営のためと考えられている。

また「天文日記」(1436-54)の記載からも、大坂(石山)本願寺(ほんがんじ)に接して生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)のあったことがわかる。

難波宮(なにわのみや)や大坂本願寺(ほんがんじ)はここ大阪城の近くにあったことが知られており、生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)が古くよりこの辺りに祀られていたことがわかる。

その後豊臣秀吉は、大阪城の築城に際して天王寺区生玉町の現在地に移築した。

当時大阪城大手門は、生玉門と呼ばれたという。

この「お旅所」は昭和七年(1931)に新築されたものであり、夏祭の渡御祭に用いられた。

大阪市教育委員会』


一週間異なれば新緑になる南外堀の風景は、桜の花色に染まっています。

本当にすごい景色であると思います。大川に続くこの道沿いに多くの人が歩いています。

石碑に文字が彫られているのですが、ライオンズクラブが松を植樹したようです。


生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)紀 に曰く

豊臣秀吉石山の旧跡に大阪城を営むことなるや神域(生國魂神社(いくくにたまじんじゃ))城内に入るの故を持って此処(天王寺生玉町)に奉遷し参らせたり

中略

この時、城内の旧跡にも小社を残したりといふ。後世までも大阪城内廊の中庭に生玉の神木と伝えし老松一樹立ちたりといふはこの小社の名残りなるべし。

大阪天王寺ライオンズクラブ』


お旅所ですから特に何があるというわけではありません。

祭りの時などに神様が移動する場合に一時的にお休みするところです。


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