(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年04月15日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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藤井寺市藤井寺 辛國神社


藤井寺市藤井寺に鎮座する辛國神社(からくにじんじゃ)です。

境内はかなり広いし、何とも言えない静寂感というか、私の個人的な感覚だと思うのですが、落ち着いているような雰囲気が満ち溢れていると思います。

近隣の葛井寺(ふじいでら)と歴史の需要な交錯地域であることは間違いなさそうです。

辛國神社(からくにじんじゃ) Karakuni Shrine

辛國神社(からくにじんじゃ)は、「延喜式(えんぎしき)」に記載のある式内社(しきないしゃ)です。

カラクニという社名から、渡来系氏族との関連が想定されます。

近世には、旧丹南郡岡村の村社として祀られていました。

当時の絵図にも当社は氏神として描かれており、庶民の信仰の対象であったことがうかがわれます。

境内にある石の鳥居は旧藤井寺村の村社であった長野神社(ながのじんじゃ)のもので、明治四十一年に合祀したときに移築されたものです。

現在、毎年十月十七日には例祭が行なわれ、多くの人々で賑わいます。』

もうひとつ説明書きを発見しました。

辛國神社(からくにじんじゃ)由緒

当神社の創設は古く、今から約千五百年前の雄略天皇の時代に創設された式内社(しきないしゃ)であります。

日本書紀に「雄略天皇十三年春三月、餌香長野邑を物部目大連に賜う」とあり、この地方を収めることとなった物部氏が、その祖神饒速日命(いざはやひのみこと)を祀り神社を創設したのが当社の始まりです。

社名の由来は異説種々ありますが、物部氏の没後、同氏一族の辛國連が、当社に深くかかわることとなり、辛國神社(からくにじんじゃ)と称するようになったと伝えられています。

また、史書三代実録には「清和天皇貞観九年二月二十六日、河内国志紀郡辛國神を官社に預る」とあり、平安時代には格式ある官社に列せられています。

その後室町時代に、河内の守護職であった畠山基國氏が、社領二百石を寄進のうえ奈良春日大社(かすがたいしゃ)から天児屋根命(あめのこやねのみこと)を合祀し、さらに明治四十一年には近くにあった長野神社(ながのじんじゃ)のご祭神素盞鳴命(すさのをのみこと)を合祀して現在に至っています。』

なかなか素晴らしい雰囲気を醸し出している神社です。


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