(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年04月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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松原市小川町 深居神社


松原市小川町に鎮座する深居神社(ふかいじんじゃ)です。

神社はかなり広いグラウンドとその南東に「小川集会所」という建物がありますが、すぐ北には松原ジャンクションと西名阪自動車道が見えます。

私としては、松原市に入っているつもりは無かったのですが、大堀八幡神社(おおぼりはちまんじんじゃ)から若林神社(わかばやしじんじゃ)と松原市内を移動しているようです。


深居神社(ふかいじんじゃ)の御由緒

深居神社(ふかいじんじゃ)は、小川町の西北字馬場筋にあり、品陀別命(ほんだわけのみこと)を祀る。

社伝によると、創建は養老元年(717)に、もと津堂若林大堀小川川辺の総産土神であったが、中世の元弘建武の兵乱(1331-35)に分離して小川町だけの産土神となる。

本殿は一間社流造の柿葺で、海老虹梁(くかこうりょう)の湾曲が少なく、昇高欄の曲線も古式で相対的に抑制のきいた彩色のない上品な意匠である。

天井梁裏に、万治三年(1660)の「大工松村長右衛門正次と土屋長九郎」の棟札があり重要な建物である。

拝殿には寛政四年(1792)の棟札もあり、寛政五年の絵馬もある。

境内に歯神さんの石があり、昭和十年(1935)に二個の須恵器が見つかり、境内はもと古墳址ではないかと思われる。

昭和五十九年十月

松原市史偏さん室』


大阪市平野区長吉長原に鎮座する志紀長吉神社(しきながよしじんじゃ)公式ホームページにこの神社の事も以下のように紹介されています。


『この深居神社(ふかいじんじゃ)は、奈良時代の養老元年(西暦717年)の創建と伝えられ、品陀別命(ほんだわけのみこと)である応神天皇が祀られています。

棟札から一間社流造りのこけら葺の本殿は、江戸前期の万治3年(1660)に建てられています。

また小川に古代から中世を通じて恵我地方の総産土神である深居神社(ふかいじんじゃ)が鎮座したのも同地が東除川の水上として重要視されています。

社名が「深居」と称されるのも「居」はもともと「井」よりの転化であり、濃厚に欠かせない井戸一水の神として崇められたからだといわれています。

もともと深居神社(ふかいじんじゃ)は小川だけでなく、津堂や松原市内の若林・大堀・川辺(大阪市平野区)の総産土神でしたが元弘 - 建武期(1331 - 35)以降、現在のように小川一村の氏神となりました。

この経緯もあって深居神社より分祀された若林神社(わかばやしじんじゃ)大堀八幡宮(おおぼりはちまんぐう)八幡神社(はちまんじんじゃ)津堂八幡宮(つどうはちまんぐう)川辺八幡宮(かわべはちまんぐう)川辺八幡神社(かわべはちまんじんじゃ)の祭神もおなじ品陀別命(ほんだわけのみこと)が祀られております。』


境内にある「歯神さんの石」ってこれなのでしょうか。

グラウンドとの境がよく分かりませんが、草がはえているところが境内に当るのでしょうか。

どうもよく分かりませんが、「歯神さん」って、「歯の強くなる」と「歯痛が治る」などの種類があるようです。ここの「歯神さん」はどちらなのでしょうか。


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