(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年03月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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四條畷市雁屋南町 小楠公墓地(楠木正行)


先日、四條畷神社(しじょうなわてじんじゃ)を訪問したときに、地図上でも説明書きでも山道を下って西へ真直ぐ進んだ四條畷市雁屋南町にこの小楠公(しょうなんこう)墓地があることは解っていましたが、直ぐ北の住吉平田神社(すみよしひらたじんじゃ)から北上したのでこの墓所へ立ち寄りませんでした。

訪問してみると、こんなに大きかったかと思うほどの敷地を大樹に圧倒されてしまいました。

北側の道路のバス停に、住吉平田神社(すみよしひらたじんじゃ)の看板があった理由がよく理解できません。


小楠公(しょうなんこう)墓地

この墓地は、南北朝忠臣楠正成(くすのき まさしげ)の長子正行(まさつら)公が足利尊氏の部(武)将高師直の大軍と戦い、戦死し葬られた所である。

正平三年一月、今から六百三十三年前で、その後ここに小さな石碑が建てられていた。

その後、百年余りして何人かが碑の近くに二本の楠を植えたが、これがその二本合し、石碑をはさみこみ、このような大木(樹齢約五百五十年)となった。今も正行たちの忠誠を永遠に称えている。

我が会は この意義ある楠を保存する。

昭和四十六年三月三十一日 大阪府天然記念樹に指定されている。

昭和五十六年十一月

畷古文化研究保存会』


圧倒される場所ですし、なぜ、このような巨大な墓所が存在し、保存されているのか歴史が教えてくれるのでしょうか。

この墓所の説明では、楠正成(くすのき まさしげ)、楠正行と表現されていますが、私が一般的であると思うのは、楠木正行(くすのき まさつら)と「木」をつけた方の表示です。

小楠公(しょうなんこう)」と呼ばれているのは、父、楠木正成(くすのき まさしげ)が、明治以降「大楠公(だいなんこう)」と別称されていたことからであると説明されています。

墓所といえば、近鉄奈良線の瓢箪山駅の奈良行きホームのも「楠木正行(くすのき まさつら)墓所」の石碑が建っています。不思議であったのですが「往生院」にも墓所があるようです。

ちなみに「往生院」は、非公開なので事前に連絡して許可をとる必要があります。

楠も背の高いのから、幹の太いのまで様々ですが、二本が一本になったというこの楠は結構な太さを感じます。

私は門真市三ッ島に鎮座する三島神社(みつしまじんじゃ)の「薫蓋(くんがい)の楠」のように太い大樹に驚かされました。

八尾市植松町に鎮座する渋川神社(しぶかわじんじゃ)の大楠は背が高く驚きもあるのですが、八尾市神立に鎮座する玉祖神社(たまおやじんじゃ)(高安明神(たかやすみょうじん))の大楠は大きいのですが山中でもあり目立ちません。

なかなか静寂で素晴らしい雰囲気を醸し出している空間です。