(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年03月13日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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藤井寺市道明寺 道明寺天満宮


藤井寺市道明寺に鎮座する道明寺天満宮(どうみょうじてんまんぐう)です。

近鉄の道明寺駅から徒歩で5分ほどの距離ですが、商店街を抜けていくのでそんなに遠く感じることはないでしょう。ぼちぼち歩いてもすぐに到着します。10分を費やすことはないでしょう。

商店街よりもう少し南へ進んだ踏切のところに大きな石燈篭が一対二本立っていました。


『由緒

垂仁天皇三十二年(西紀3)相撲の祖といわれる野見宿祢が、「埴輪」を創って殉死に代えた功績で、「土師《はじ》」の姓とこの辺り一帯を所領地として賜わって以来、遠祖天穂日命をお祀りしたのが土師神社の始まりです。その後、仏教が伝来し、推古天皇の2年、聖徳太子の発願により、土師八嶋が自宅を喜捨し土師寺が建てられました。輪を作り殉死に変えた。天皇その功を地を所領に賜り、土師神社と称し氏神とした。』


看板は写真に撮りましたが、墨が消えかかっているので読み取れません。詳しく知りたい方は道明寺天満宮(どうみょうじてんまんぐう)公式ホームページで確認してください。

板書きとは内容が若干異なるようですが、基本的には同じようなことが記されているはずです。

要するに菅原道真公の叔母にあたる覚寿尼公がおられたということです。


『日本国家に詠まれている

さざれ石

君が代は千代に八千代に

さざれ石の巌となりて

苔のむすまで

君が代は、小石が大きな岩となり、そこに苔が生えるほど、永久に坐しませと、長い年月が目に映るように、めでたく詠まれています。

この岩は、白亜紀後期(約七千万年前)の和泉層礫岩(れきがん)です。悠久の歳月の間に多くの小石が寄り集まってできたもので、河内長野市滝畑から平成の御大典記念として移しました。』


と説明されています。「さざれ石」なんて言われても想像もつかない人が多いので、この意志を見れば一目瞭然です。こういう体験は他に代えがたいものがあります。

それにしても、やはり「牛」だらけです。


『撫で牛

牛は天神様のお使いとして知られています。牛にまつわる伝説は全国に多く、当地でも白牛に助けられたことが伝えられています。

自分の悪い所を撫でると良くなると言われた撫で牛が戦前まで残っていましたが現在は台座のみとなっていました。

この度御祭神千百年大祭を記念し、ここに復興するものです。

平成十四年正月』


なんてことが書いてあるのでしょうか。

読みようによれば、この撫で牛は高価がないとも詠めますが…。真実はどうなのでしょうか。

妻が、こないだまで「のぼせた」ような感じがするといっていたので、頭を撫でていたので、「頭か?」と聞いたら側にいたおばさん二人も笑いながら頭を撫でていました。

どういうことでしょうか。


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