(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年03月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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藤井寺市北條町 黒田神社


藤井寺市北條町に鎮座する黒田神社(くろだじんじゃ)です。

柏原市今町に鎮座する柏原黒田神社(かしわらくろだじんじゃ)の説明書きにあった黒田神社であることは調べていて知っていましたが、こんなに立派な神社であるという事は想像していませんでした。

そもそも「河内国志紀郡北條村馬場」が元の地名であったので、柏原と藤井寺は人の往来もかなりあったのでしょう。

『式内 黒田神社(くろだじんじゃ)御縁起

古傳には神武天皇の御子神八井耳命のかくし廟所といわれ仁徳天皇の御代に端垣(みづがき)を建立し祭祀されたという。

現在の御祭神は称徳天皇神護景運二年に祭祀され平安時代初期の延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に載る式内の古社である。

中世より北條天神或いは天王と称し、また「神名帳考証」には、稲霊を祭るとあり主たる御祭神天御中主大神を祭祀するお社は畿内にも少なく御神徳は極めて高い。

明治五年村社に列し柏原地区(旧柏原村・市村新田)北條地区、林地区の産土神である。

かつて境内地は五千坪以上を擁し梅の名所として「河内鑑名所記」に俳句が残されている。また建徳三年寄進の石燈篭一基を蔵す。

昭和四十四年十月、御分霊を柏原市今市塩殿神社(しおでんじてんまんぐう)(ショウデンさん)に、同市上市春日神社(かすがじんじゃ)とともに合祀し、当社の分社として柏原黒田神社(くろだじんじゃ)を奉斎す。』

五千坪とはかなりの広さになります。一反で50m×40m程度ですからその十七倍の面積になるので400m四方以上の広さになります。

それにしても、梅の木はほとんどなくなっているということですか。

菅原道真公と梅の話はこの神社にも関係しているのでしょうか。

道明寺天満宮(どうみょうじてんまんぐう)はここから南へ1kmほどの距離で間には允恭天皇陵がありますが、昔は大和川から船で来たとしても直ぐの距離ですので訪れたこともあるのでしょうか。

個人的には興味深い神社ですが、地形図を見ていると古墳の多さに驚かされてしまいます。

古事記を読んだときも、この辺りに天皇の陵が多く記されているようでしたが、本当に天皇陵だけでなく、様々な古墳もありますし、神社を探し回っている時に道がなんとなく前方後円墳をたどっているのではないかなどと思ってしまう道もありました。


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