(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年02月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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柏原市山ノ井町 瑠璃光禅寺


柏原市山ノ井町の薬師院 醫王山 瑠璃光禅寺(るりこうぜんじ)です。石標には以下のように彫られています。

若倭姫神社(わかやまとひめじんじゃ)の入り口にありますが、鳥居の向かいに小さなお堂が建っており、中に三体の石彫りの像が安置されています。

地蔵堂かと思ったのですが、このお寺の一部であることが説明書きで理解できました。

瑠璃光禅寺(るりこうぜんじ)には木造の四天王像が安置されているようですが、誰もいなかったので拝むことはできませんでした。

『木造 四天王像 瑠璃光寺(るりこうじ)

本堂内には火災によって両手、持物を消失した四体の四天王像が納められています。

本体は一木造り、両腕は(ほぞ)で添える一本添木式です。遭存の良好なものには高い澎湃(ほうはい)と彫の深い、激しい憤怒の相や胸から胴にかけての動きのある力強い表現がみられ、台座(邪鬼)を欠いた現存高101cmから104cmという高さとあわせ、焼損前の雄大な容姿を偲ぶことができます。処々に胡粉(こふん)が残り、彩色されていたことがわかります。

こうした像造方法や作風からみて、これらの像は平安時代初期のものと考えられます。

千九百八十九年三月 柏原市教育委員会』

『石造 如来形坐像

石造 菩薩形立像 瑠璃光寺(るりこうじ)

この小堂には二体の石像が安置されています。いずれも古墳時代後期の凝灰岩製家形石棺の屋蓋部を転用したものでこうした石仏は市内の高井田、青谷地区でもみることができます。

右側の如来形坐像の背面には屋根形、縄掛突起などの石棺の旧状がよく残されています。高い肉髻(にくけい)、長く豊かな耳、平行に走る納衣(のうえ)の線など、量感にあふれた鎌倉時代初期の作風が(うかが)われます。

左側の像は頭部を欠損していますが、衣の(ひだ)の線、天衣(てんい)のような線が見えること、両手のあらわす容姿などから菩薩形立像と思われます。

この二体の石仏は、かつて野道の(かたわ)らに半ば埋もれた状態で置かれていたものか、農具や刃物などのとぎ痕が処々に見られます。

千九百八十九年三月 柏原市教育委員会』

なんとも歴史を物語る有形物ですね。なかなかのものですよ。


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