(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月28日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

守口市竜田通 真宗 難宗寺


道路のお寺の角に石標が四本も並んで立っていました。道標が二本と、なにやら彫られているのが二本あります。

路地を見てみると、大きな銀杏の木と立て札我目に入りましたので訪れてみると、結構な大樹に育った銀杏の木が所狭しと枝を広げています。

樹高のある銀杏の木は多いのですが、これだけ枝を広げたのは見たことがありません。

立て札を見ていると中に入りたくなりました。幸いにも「守口御坊(もりぐちごぼう)」と呼ばれているこのお寺は門が開いていました。


『大阪府天然記念物

難宗寺(なんしゅうじ)のいちょう」
昭和五十年三月三十一日指定

いちょうは中国原産の裸子植物で落葉性の雌雄異株の高木である。

我が国にも古くから渡来し、各地の寺社等に植えられた。

本樹は難宗寺(なんしゅうじ)境内の本堂西側に所在し、樹高は25mを超え、目通り直径1.5m(南北の方向に長円形の長軸を示す)をはかる雄株である。

枝張りは幹より南へ約15m、北へ約13m張り出している。

樹齢は葉がやや小型化して老齢化を示し、約400年と想定できる巨木である。

昭和六十年二月

大阪府教育委員会』


写真を撮っている時に奥さんがゴミを片付けておられましたが、銀杏の葉だけでも10袋以上並んでいました。掃除が大変のようですが、土に戻して欲しいですね。


難宗寺(なんしゅうじ)

文明七年(1475)吉崎を選出し、枚方市出口に光善寺(こうぜんじ)を創立した蓮如上人が文明九年(1477)に守口御坊(もりぐちごぼう)として建立したのが始まりと言われ、慶長十六年(1611)には本願寺(ほんがんじ)掛所となり、西御坊と呼ばれるようになりました。元和元年(1615)兵火によって消失し、寛永十三年(1679)再建されましたが、その後、度重なる風水害などで朽廃したため、文化四年(1807)に再建されたものが現在の本藤であります。

この本堂の平面は完全に左右対称で、典型的な真宗寺院本堂の形式がとられています。また、当寺は、周囲を築地塀で囲み、西南に鐘楼、両面に山門、北に長屋門・太鼓楼を配し、本堂東北に玄関・書院、庫裏を配しており、守口市内の真宗寺院として最も整った構えが残されている重要な文化財であります。

さらにこの寺の境内には、樹齢約五百年、高さ約二十五メートル、直径約一.五メートル、枝張り約十五メートルの大きないちょうの木があり、これは昭和五十年に大阪府の天然記念物に、そして昭和五十五年に市の保存樹木に指定された貴重な樹木であります。

平成七年三月

守口市教育委員会』


すこしばかり方角を見失ってしまいました。帰宅するために生駒山が見えるところを探さないといけません。