(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年12月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市旭区赤川 日吉神社


大阪市旭区赤川に鎮座する日吉神社(ひよしじんじゃ)です。淀川堤防の南側にあります。

都島神社(みやこじまじんじゃ)から櫻宮神社御旅所(さくらのみやじんじゃおたびしょ)淀川神社(よどがわじんじゃ)を経由して毛馬閘門(けまこうもん)淀川大堰(よどがわおおぜき)蕪村(ぶそん)の碑を楽しんでこの神社にたどり着きました。

淀川の堤防は本当に清々しくて気持ちの良い散策道です。


日吉神社(ひよしじんじゃ)

由緒

室町時代の文安年間(1444-1448)既に当地に赤川寺(せきせんじ)と云う天台宗の大寺(四天王寺(してんのうじ)級の伽藍があってその境内に「山王宮」と称して、近江の日吉神社(ひよしじんじゃ)の御分霊を守護神としてお祀りした社がありました。

大阪夏の陣の際、赤川寺(せきせんじ)は戦火に炎上しましたが、神社は類焼することなく改築されて、氏神様として近郷の崇敬厚く栄えて着ました。

明治初年、「山王宮」が「日吉神社(ひえじんじゃ)」(正読は「ヒエ神社」)と改称されました。

明治三十四年には、淀川拡張工事の為、境内地の北部が接収され、約二百米南へ本殿をお遷しされたのが現在のお社の御鎮座地です。』


この神社はもとお寺の境内宮の名残りでしょうか、行者堂があります。


『日吉行者堂

当神社の由緒にある「赤川寺(せきせんじ)」の一角に「役小角(えんのおつめ)」(修験道の初祖)の石像をお祀りしたお堂がありました。

大阪夏の陣で廃寺になる頃から旧赤川村に安置されていましたが、昭和三十四年に神社境内にお遷しして、毎年四月二十九日には「大護摩採燈行事(護摩炊き)」が盛大に催行されます。』


この神社の鳥居は参道があるような感じになっています。

また大樹もありません。水害の結果でしょうか。

それにしても、社の裏に淀川の堤防が迫っていて水害には弱そうです。


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