(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【EditRelease date:2008年12月17日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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守口市佐太中町 佐太神社(佐太天神宮)


守口市佐太中町に鎮座する佐太神社(さたじんじゃ)です。別称の佐太天神宮(さたてんじんぐう)の方が有名な呼称のようです。

芭蕉の句碑があります。『この碑文は芭蕉が丹波から故郷毛馬に帰る途次時雨降る淀川の夜舟から見た佐太村の情景で自然を静観し、人間的な暖かさを謳う俳聖蕪村翁の文人画家としての面目躍如たるものがある。

われら有志は由緒深きここに碑を建て衆とともに永く翁を偲ぶ機縁としたい』と刻まれています。裏面には蕪村の略歴が彫られています。

佐太天神宮(さたてんじんぐう)

この神社は、菅原道真公が左遷で太宰府へ流される途中、荘園であった当地に滞在された時、自作の木像や自画像を残されたと伝えられます。道真公の死後五十年の天歴年間(947ー957)に、道真公を慕って祠を建てられたのが当社の創建であると伝えられ、室町期には大庭の惣社として崇敬されるようになりました。

現在の社殿は永井尚政・尚庸父子や淀屋辰五郎等の手厚い保護や支援を受けて整備され、江戸時代初期の重要な建造物と言われます。

当社には室町時代文安三年(1446)の箱書のある「天神縁起絵巻」六巻のほか、永井公より寄進を受けた狩野探幽の十一面観音画像をはじめ後水尾上皇を中心に当時の宮廷をとりまく皇族・公卿・画家・学者・高僧等の江戸初期の美術作品が多く奉納されています。

また大和守安定の作刀になる刀とその(こしらえ)である金梨子地塗糸太刀拵(きんなしちぬりいとたちこしらえ)は、江戸初期寛文十年(1670)の銘があり安定の作品中でも大作に属する貴重なものとして大阪府指定有形文化財となっています。

昭和六十三年三月 守口市教育委員会』

佐太天神宮戎社もあり、『御神殿後方参拝 と書かれていて戎大神様へ御参拝には御社前より御参拝いただきますのと併せまして御神殿後方からも御参拝いただくことにより更に御霊験を授かることができると云いつたえられていおります。どうぞ御神殿後方からも御参拝ください。どうぞ、この木槌にて願板を三度たたいてからお祈りをしてください。』と書かれています。

面白いものです。たまたま宮司さんと立ち話をすることができて、菅原道座公を祀っている神社を巡るお参りががあると教えていただきましたが、子連れの方が来られたのでまたお会いしましょうということでした。

この神社素晴らしいのですが、拝殿の周囲に「天神縁起絵巻」を見ることができます。

境内も広いし素晴らしい神社です。

羨ましい限りです。


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