(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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守口市佐太中町 飛来神社


守口市佐太中町に鎮座する飛来神社(ひらいじんじゃ)です。別称は佐太天満宮(さたてんまんぐう)御旅所(おたびしょ)と記載されています。

この神社は贔屓目に見てもやはり御旅所(おたびしょ)としか考えられませんが、神社として独立の地位を獲得したということは氏子が確立されているということなのでしょう。いずれにしても、河内の神社から考えると建物などは見劣りしてしまうのは確かであると思います。

しかし、境内も整備されていて信仰の篤さは豪華さとは何も関係ありません。むしろ神社が立派でも氏子の誰も手入れもしなくなって放置されている方が、地域として衰退していくと考える方が正しいのかもしれません。

佐太天満宮(さたてんまんぐう)御旅所(おたびしょ)

飛来神社(ひらいじんじゃ)

由緒

当社の創建年月日は詳らかでない。しかし、佐太天満宮(さたてんまんぐう)の宝永四年(1707)の古文書によると「往古より佐太天満宮(さたてんまんぐう)の夏祭りには五番御旅所(おたびしょ)まで神輿の渡御をしていたが、道路も悪い上、神輿も損じたので、境内壱の鳥居の浜にて渡御祭をしたい」と大阪番所に届けた記録があります。

その後江戸中期に、天之御中主神が勧請されて祀られてきましたが、昭和三十五年に、菅原道真公を合祀した。祭日は、古くから四月十六日に例年斎行されてきたが、近年は四月十六日に近い休日に祭典日が変更されて厳粛に式典が執り行われている。

看板に古文書の写しが掲示されています。なんとも昔からきちんとお上に届出なければいけないということが解り、日本人のお上に弱いという体質の原点が見えるような気がします。考えようによっては社会システムがきちんと構築されていたとも考えられます。

それにしても、この周囲の地形図を持っていないので地理不案内のうえに次の目的地すらうまく掴めません。

やはり地形図に慣れていると言うことは頼るものが必要ということなのでしょうか。

淀川の堤防にも近く、大和川の付け替えについては大きな史実のように聞かされてきたのですが、淀川も相当な暴れ川であった事は間違いないようなので、このあたりも水害に幾度もあったのでしょうか。


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