(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市城東区野江 水神社(野江神社)


大阪市城東区野江に鎮座する水神社(すいじんじゃ)です。別称は野江神社(のえじんじゃ)ということで、やはり土地の氏神として地名がついているのが本来ですね。

城東区成育に鎮座する須佐之男尊神社(すさのをのみことじんじゃ)は、社名からどこかも解りませんでしたが関目神社(せきめじんじゃ)と言われれば、現在の地名が成育であっても大体の場所は私には解りました。


『御由緒

御祭神 水波女大神(みずはのめのおおかみ)

昔このあたりは土地が低く、再々水害を被むる亊ありました。そこで水難からのがれようとして水の神様がまつられました。

天文二年(1533)三好宗三(政長)が、この付近に榎並築城の際、水害を被ったので水火除難の守護神として場内に社を建てて篤くまつられたのが現在の社殿の位置と言われています。

天正十一年(1583)豊臣秀吉も大阪築城に際し、水火除難の守護神として近郷の諸社中最も崇敬篤く、社殿を修築し、幣帛を奉り、国家泰平を祈願いたしました。

元禄十六年(1702)の大洪水では、一面水海と化し住民がことごとく困窮の日を重ねていた時に快晴の祈願をしたところ、雨がやみ洪水は減退したと伝えられています。

享和二年(1803)の大洪水にも当神社は無事であったことを榎並八箇水記の中に絵で記録されています。

現今の社殿は明治十八年(1883)の造営後度々修復を加え現在にいたります。

昭和五十三年NHK教育テレビ「生活の中の日本史」で全国に放映され話題になりました。

天にあっては太陽の光、地にあっては雨、水の恵みがあればこそ生命があり生活があるのです。この万物生成の根本を主催されているのが当神社の祭神です。』


私は最後の一節が気にいりました。こういう表現は各神社の由緒書きや縁起にはありませんでした。

神社の存在意義はこの一節に集約されているような気がします。人間が存在するのに不可欠なものそれを神戸として抽象化しているのでしょう。

空気も太陽も水も不可欠ですね。決して私たち人類が作り出したものではないけれどもその恩恵が大きいということでしょう。


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