(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市平野区平野宮町 杭全神社


大阪市平野区平野宮町に鎮座する杭全神社(くまたじんじゃ)です。

名前はよく聞いていましたが訪問したのは初めてです。国道25号線沿いにある一の鳥居は何回も前を通っていますので、奥に神社があるのは知っていましたが、こんなに立派な神社であるとは知りませんでした。


杭全神社(くまたじんじゃ)

九世紀、平安時代の初め、平野郷の守護神として第一殿が奉祀されたのが、当社のはじまりである。

その後十二世紀に第三殿が、勧請せられ、十四世紀に後醍醐天皇の勅命により、第二殿が勧請せられ、ここに現在の三社の規模ができた。

古くは祇園社、熊野権現社と称せられたが、明治三年杭全神社(くまたじんじゃ)と改称し、昭和五年府社に列せられた。

当社は古来、朝野の崇敬厚く、得に中世、平野郷が堺と並んで栄えた頃は、社運隆盛を極めた。

大門は鎌倉時代の建物、第一殿は奈良春日大社(かすがたいしゃ)本殿を正徳元年(1711)に移築したもの(重要文化財に申請中)であるが、第二殿・第三殿は永正十年(1513)造営の記録があり、現在、大阪市内最古の建造物で重要文化財に指定されている。

また、連歌所は宝永五年(1708)に再興された建物で、中世平野郷の文化的水準のたかかったことを今日伝える唯一の資料でもある。

平野区役所』


この神社は境内域も広大です。平野郷という環濠に囲まれていた昔が忍ばれるような規模と成っています。


『ご参詣のみなさまへ

この御神木は重乳根公孫樹(いちょう)といわれ昔から「おちち」の神様として信心されてきました。

昭和五十一年一月の風声人語と名乗る方が大阪市の保存樹指定の立札に「芳木は金さえ出せば幾らでも植えられるが、数百年の年輪は金では買えない。市は価値ある古木に金を」と樹齢七百年と推定されるこの公孫樹(いちょう)の保護を強く訴えられました。

専門家はこの公孫樹(いちょう)の内部の腐食は、かなり進行しているもので今のうちに大手術をしなければ間もなく枯死する懼れありと診断しておられます。

私達有志はこの古木の重傷を黙視することが出来ず有志相集い大阪市に働きかけると共に御神木を信仰される方々や都市緑化環境浄化に関心のある方々に訴えて早急に起死回生の大手術を施したいと発願しました。

ご理解とあたたかいご支援をお願いする次第であります。

昭和五十三年七月吉日

氏子総代・有志

この趣旨にご賛同のお方様は社務所まで申し出てください。』


そうですよね、大きくなるのは年月がかかりますが、切り倒すのはかんたんですよね。

それにしても少し古い話のような気がするのですが。


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