(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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十三街道 神立茶屋辻


玉祖神社(たまおやじんじゃ)から北へほぼ等高線に順って歩いてくると十三街道に出ます。車で通れるように道路工事をしていましたので完成すればこの茶屋辻の少し下に道路ができるようです。

この街道は奈良県側と大阪府側を結ぶ重要な街道であったらしく弘法大師も足跡を残しているようです。


神立茶屋辻(こうだちちゃやつじ)

この街道はむかし大阪玉造と大和竜田を結ぶ重要な道筋にあたりこの辻には多くの茶屋が並んでいたのでその名がある。また、在原業平と茶屋娘の恋物語で名高い。

業平が峠を越え玉祖神社(たまおやじんじゃ)への参詣の途中、福屋の娘、梅野をみそめたが、ある夜東窓があいていたので中をのぞくと、娘が手づからでめしを食っているので、急に興ざめ逃げ帰った。娘は後を追ったが見あたらず悲しんで淵に身を投げた。

この高安の里では、今でも東窓を忌み、これをあけると娘の縁が遠くなるという伝説がある。

この道を登ると水呑地蔵院(みずのみじぞういん)十三峠(十三塚)がある。

八尾市教育委員会』


なるほど、茶屋辻付近にはまだ数件の家があります。この数件の家も元茶屋であったのでしょうか。

茶屋辻の説明書きと歌碑があります。私には文学的な要素が薄いので解りませんが有名な和歌のようです。


『大和の男(在原業平)は幼なじみの女と暮らしていたが、高安の女をみそめ、そのもとに通う、ある時、自分でご飯を器に盛ったのを見て、男は心変わりし通わなくなる。

それでも女は待ち続け、この歌を詠んだ。

謡曲「井筒」「高安」でもよく知られている。』


なんとなく内容が微妙に違いますが、概ね一致しているようです。

それもあるのですが、一対の地蔵さまがかなり山麓の下から、水呑地蔵院(みずのみじぞういん)までの十三街道沿いにならんでいます。これは生駒聖天 寳山寺(ほうざんじ)の奥の院への参道や天照大神高座神社(あまてらすおおかみたかくらじんじゃ)岩戸神社(いわとじんじゃ)の途中から分岐していた「大師の窟」の参道にもありました。

茶屋辻から上へは車は無理ですので、「地蔵」さまと「台座」は人が運んだのでしょう。大変な労力です。

よほどこの道の往来が激しかったのであろうと想像するのですが凄いことです。