(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年12月02日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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十三峠と十三塚


今を遡ること40年余り前の中学生の頃に、ボーイスカウトのハイクでよく来た場所ですがまったく変わっています。

車が走ることなどなかったですし、笹で覆われた峠で信貴生駒スカイラインが記憶に残っています。

時期には葛の葉で道の両側が覆われていた記憶があります。このあたりであれば人もこないので掘って見ようなんて考えていた記憶があります。

隊長の指示で「十三塚(じゅうさんづか)」の拓本をよくとったのですが、私自身は説明にあるような13個の塚が並んでいるとは知りませんでした。

笹をかき分けて、記憶にある石標を見つけ出して拓本を取っていただけの記憶です。

もっと平らなところにあったような気がしますし、いまは道がありますが「薮漕ぎ」といって、笹をかき分けて発見していたと思います。

何があるというわけでもないので、誰も訪れなかったのですね。

今もたいして変わらない十もいますが、大阪府が府民の森を整備したので、道ができているようです。

この場所からは奈良側は見えませんし、大阪側は信貴生駒スカイラインに入らないと見えません。そんなに景色もよくありませんし、ただ単に峠があるだけです。石畳がある暗峠とはおお違いです。

『生駒十三峠の十三塚(じゅうさんづか)

大和国と河内国国境、奈良県生駒郡平群町と大阪府八尾市神立にまたがって所在する。

河内より大和竜田・法隆寺へ抜ける十三街道のすぐ北側に南北に十三の塚が並んでいる。

すでに江戸中期に広く知られた代表的な十三塚で、庶民信仰の様相を示すものとして重要であり、完存する十三塚(じゅうさんづか)として昭和六十一年三月三十一日重文指定を受けた。

塚列は計画的に築かれており、標高438mの最高所に親塚を築き、南北90mの範囲に6基づつの小塚を配している。

平群町教育委員会』

こんな説明書きはありませんでしたので、十三塚(じゅうさんづか)とは一体何であるのかということをやっと知りました。