(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年12月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

河内七墓『神立墓地(こうだち)』


私にとって河内七墓巡りの最後になる河内七墓の神立墓地(こうだち)に10月に行ったのですが、写真整理を怠って遅くなってしまいました。

この墓地は十三街道にも近く期待していたのですが、行基(ぎょうき)についての説明すらありません。

八尾市は、河内七墓の晒墓地(さらし)垣内墓地(かいち)とここがあるのですが、説明文すらありません。

東大阪市の岩田墓地(いわた)長瀬墓地(ながせ)には行基(ぎょうき)像があったり詳細説明があったりしたのですが、まあ墓地ですし訪れても自分の身内の墓も無ければ仕方がないというのが実態なのでしょうか。額田(ぬかた)墓地にはありませんでした。

恩智墓地(おんぢ)には説明文がありましたので、どういう基準で説明書きを設置しているのでしょうか。

なんとなく、地元の人と何らかの異物や遺構があることが基準となるのでしょうか。

もし史跡とするならばそのような政治判断が加わるのはおかしいと思うのですがどうなのでしょう。

そもそもこの神立という地域は、南東の山麓には千塚という地名の横穴だらけの場所がありますし、この墓のすぐ下方にも史跡 愛宕塚古墳(あたごづかこふん)という古墳があります。

もう少し降ると整備された史跡 心合寺山古墳(しおんじやまこふん)があり、往年の古墳の姿を想像するには良いと思われるのですが、信貴生駒山麓には墓が相当な数あるのですね。

そういえば山越えして奈良県側にも結構な数の古墳があります。

残念ながら七墓めぐりの復活というのは思案のしどころのようです。


関連情報レポートリンク