(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年11月23日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大東市氷野 北野神社


大東市氷野に鎮座する北野神社(きたのじんじゃ)です。大阪府神社庁では、大東市大東町に鎮座することになっています。

この北の神社は南北に長く大変広大な境内地となっていますので、恐らく両方の町にまたがっているのでしょう。本当に広大な境内です。初めて訪れたのですが、本当に驚いてしまいました。八尾市竹渕の竹渕神社(たけふちじんじゃ)の広さとはまた異なる印象です。

残念ながら由緒が見つかりませんのでインターネットで捜してみました。確たる証拠となる情報はないのですが、『枚岡神社(ひらおかじんじゃ)の宮司をしていた水走家の水走文書にも氷野の記述がある。』ということです。この水走(みずはい)は東大阪市の地名にも登場します。三つの記述が気になりました。

『1252年文書には氷野河、廣見池、細江の記述があります。』初めて氷野という呼称が出てきているようです。

『1384年文書には氷野小川浮津の記述』これって三角州のようになっていたということでしょうか。

『1416年文書には氷野河浮津の記述があります。』これで島になっているということでしょうか。

北野神社(きたのじんじゃ)深野池(ふこうのいけ)の堤防を兼ねていますが堤防にしては規模が大きすぎます。』

そうですね、堤防にしては規模が大きすぎます。堤防といえば、八尾市上之島町南に鎮座する御野県主神社(みのあがたぬしじんじゃ)境内に旧大和川の堤防が残っていますが、雰囲気が違います。

私は、「大東市氷野村の歴史」にはかなり納得なのですが、残念ながら裏付けがないような気がします。

南方から流れ込んでくる旧大和川の運んだ土砂が堆積した場所が三角州や島になって大東市内の各村が形成されて云ったのであろうと想像に難くないのですが、比較的早く地面になっていった、八尾市や東大阪市とは異なり、新開池(しんがいけ)が地面になってから、深野池(ふこうのいけ)がという順であると思いますので書かれている通りでしょう。

それにしても、大東市御領のおかみ神社(おかみじんじゃ)菅原神社(すがはらじんじゃ)から門真市と守口市にかけて神社の空白地域があります。

この事実こそ、新田開発に重なる歴史が見られるのではないでしょうか。

それにしても雰囲気のある神社です。心が落ち着く散策ができます。


関連情報レポートリンク

【大東市 神社一覧】