(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年11月14日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市平野区東平野 赤留比売命神社(三十歩社)


大阪市平野区東平野に鎮座する赤留比売命神社(あかるひめのみことじんじゃ)です。三十歩社(さんじゅうぶしゃ)とも呼ばれているようです。

なかなか興味深い神社ですし、なんとなく隣接する平野公園の一部のような感じもします。

理由は不明ですが、神社北側には「河内音頭宗家初音家礎之地」の碑が立っています。河内音頭の発祥地の石碑もありますので、面白いものです。

赤留比売命神社(あかるひめのみことじんじゃ)

当社の祭神、赤留比売命(あかるひめのみこと)は新羅からきた女神で天之日矛の妻と伝える。

当地を開発した渡来氏族の氏神として、その創建は詳かではないが、平安時代につくられた延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に、当社が記載されている。

俗に三十歩社(さんじゅうぶしゃ)と呼ばれるのは、古来から祈雨の神とされ、室町時代の応永年間に干ばつがあり、僧の覚証が雨乞いのため、法華経三十部を読経し霊験を得た故事によるとか、当時の境内地の広さが三十歩であったためにと伝える。

またかつて住吉大社(すみよしたいしゃ)の末社であった由緒で、如月三十一日に行われる同社の例大祭「荒和大祓」に、当時の七名家より桔梗の造花を捧げる慣例となっています。

明治三十年に背戸口町より移された境内末社、天満宮(てんまんぐう)琴平神社(ことひらじんじゃ)とともに大正三年、て杭全神社(くまたじんじゃ)の境外末社となり今日に至っている。

社殿背後の土塁と松山池は環濠集落の名残りが見られる数少ない場所の一つである。』

と書かれています。大阪は渡来人の町である証ですね。私は父母とも滋賀県の彦根市と多賀大社(たがたいしゃ)近くの出身ですので何が混ざっているのでしょうか。

平野の環濠集落の一部であったのか、この周辺は史跡のオンパレードです。

環濠集落の説明文はかなりセンスが悪く、南北が逆さまの図です。昔のそのままを使っているのでしょうが、通常の地図は上に北がくるように書かれていますので、南半球の地図にでも出会ったような気になります。

なかなかイメージとして上下を逆さまにして考えるのは至難の技のようですが、反転ではなく180°回して地形図に置き換えなければなりません。

なかなか歴史に興味のわく神社です。


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