(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年11月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市平野区長吉川辺 川辺八幡神社


大阪市平野区長吉川辺に鎮座する川辺八幡神社(かわべはちまんじんじゃ)です。

付け替えられた大和川の北岸の堤防沿いに鎮座しています。堤防から大和川になりますが、この辺は付け替え工事の際には大変な人数が動員されたのでしょう。川幅も結構広くとってありますが、江戸時代にこのような大きな川の付け替え工事をしたということには驚きを感じます。

一の鳥居がありましたが真っ白に塗られています。あまり白い色の鳥居の記憶が無いのですが、自らの記憶をたどると東大阪市東石切町に鎮座する石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)の駐車場への参道の鉄製の大鳥居が白く塗られていましたが、あれは鳥居の形をした建造物というような感じで鳥居とはなかなか思えなかったのですが根拠としているのは何なのでしょうか。


『神社明細

神社名 川邉八幡神社(かわべはちまんじんじゃ)

御祭神 應仁天皇(品陀別尊(ほんだわけのみこと))

境内社 金吉稲荷大明神

    歯神大神

祭 儀 九月十五日(秋祭)

由緒

川辺八幡神社(かわべはちまんじんじゃ)は、大和川堤防の北側に位置し、品陀別尊(ほんだわけのみこと)を祭紀してある。

創建の年月日は詳細でない。岩清水八幡宮(いわしみずはちまんじんぐう)の分霊を勧請したものであり往事は社殿広壮にして輪○の美をつくし境域、境外も広く字初穂田、神楽田、判官田等社領たりしによる○なり、元徳十六年大和川付替えによって大半は川床となった。

その昔後醍醐天皇時代○輪を賜い奉幣となったと言う。

明治五年に社領となり、境内は大小の樹木○蒼し、本殿、拝殿、神饌(しんせん)所、絵馬舎、祭器庫、社務所等を存し、末社に少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)稲荷神社(いなりじんじゃ)厳島姫神社(いつくしまひめじんじゃ)あり。

大正四年、本殿、拝殿、造営物を改築、昭和四十八年十二月不慮の災禍に本殿消失、昭和五十一年四月、本殿が復元。

平成五年、拝殿修復、参道を敷石にし、境内も整備された。』


やはり大和川の付け替えで相当な社地を失っているようです。今でも境内は相当広いと思います。

なかなか静かで落ち着ける神社であると思います。


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