(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年10月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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野崎観音(曹洞宗 福聚山慈眼寺)Vol.1


野崎観音(のざきかんのん))(慈眼寺(じがんじ)) Vol.2へのリンク

野崎観音(のざきかんのん))(慈眼寺(じがんじ))は、JR学研都市線の野崎駅から東の生駒山麓にあります。大阪府大東市野崎にあります。

私は落語「のざきまいり」で野崎参りの道中を演じていた記憶があります。淀川を船に乗って堤防を歩いている人と口喧嘩をしながら参るというような設定であったと記憶しているのですが、野崎について「あれ」と思いました。

淀川から野崎というのが、新開池(しんかいげ)深野池(ふこうのいけ)というのは、大和川付け替え後に殆ど鴻池新田(こうのいけしんでん)を代表とする新田で埋められたのではなかったのかという思いです。しかし、付け替え工事は江戸時代のことですから完全には干上がっていなかったのでしょう。

このお寺は、僧行基(ぎょうき)が白樺で観音様のお姿(十一面観音)を彫みこの地に安置されましたのがこのお寺のはじまりだそうです。『野崎観音(のざきかんのん))(慈眼寺(じがんじ))「光割牒」に、「観音像は行基(ぎょうき)菩薩の手彫りなり、長谷(奈良県)の観音像と同木也」と書かれています。』ということです。

ウィキペディア(Wikipedia)には、「行基(ぎょうき)開基の寺院と比定地」という項目がありますが慈眼寺(じがんじ)は含まれていません。認められないということでしょうか。

それにしても、河内平野を散策すると「行基(ぎょうき)」と「物部氏」と言う名前はあちらこちらに出てきます。

野崎駅から行くと結構な階段を登らないとたどり着けません。

このページでは階段と門を紹介しています。

桜並木がありますので春の桜の時期に訪問すると綺麗な場所なのでしょう。来年の春が楽しみです。

野崎駅から階段を上がって到着するのが「正門」です。結構な段数があるので登ると息切れするかもしれません。

正門を入った所に「南條神社(なんじょうじんじゃ)」が鎮座しています。お寺と神社の組み合わせは日本の宗教史のなかでは切っても切れない仲になってしまっているのでしょうか。

私には少し違和感があるのですが、日本人の宗教観としては何の問題もなさそうです。

「桜門(南門)」は、なかなか建造物としても良い作品ではないでしょうか。

新興の対象として見られる場合は、この野崎観音(のざきかんのん))(慈眼寺(じがんじ))は大変価値ある場所なのでしょう。

私には仏教がよく理解できていませんので、お寺へ来てもどうしてよいものか解りません。

仏像の芸術的価値はすごく理解できるのですが、それぞれの役割等についての理解が不足しているのです。

手を合わせて経を唱えることが重要なのでしょうか。

宗派によっても違うようなので難しくて仕方がありません。


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