(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年10月21日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大東市野崎 南條神社


大東市野崎に鎮座する南條神社(なんじょうじんじゃ)です。野崎観音(のざきかんのん)(慈眼寺(じがんじ))の境内にあります。


南條神社(なんじょうじんじゃ)

当社は、宝塔神社(ほうとうじんじゃ)に対して北の宮さん牛頭さんの呼称で親しまれ、野崎地区の氏神として厚く信仰される。明治五年から野崎「宝塔神社(ほうとうじんじゃ)に一時合祀されたが、同十三年には、野崎村村社として復活し現在に至る。

牛頭大王は仏教における神将として怨霊や病魔を打ち祓う。素盞嗚命(すさのをのみこと)は姉の天照大神に岩戸隠れ神話を生ませる程の荒ぶる神であり、病魔を退散させる神威ありとして尊崇される。このため平安期以降の神仏習合理論により牛頭天王(ごずてんのう)と同一視されるようになった。

京都・八坂神社(やさかじんじゃ)に代表されるように牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする神社は古く、当社も北條村に対し南條村を称した江戸時代以前に南條(野崎)村の鎮守として牛頭天王(ごずてんのう)社と呼ばれていたのであろう石鳥居に「元禄」の銘が刺されていることからこの時期「十七世紀末」に社域が整備されたと推定される。

また、本殿前にある一対の木製狛犬(向かって左側の狛犬の頭には角があり、一角獣と呼ばれる。狛犬に角があるもの程時代は古いと言われている。)は、極彩色が施され、現在、剥離しているが桃山時代の雰囲気を漂わせている。なお、その台座の裏書に「延享元年(1744)子年子九月十九日 天王宮野崎村」とある

平成九年九月吉日

南條神社(なんじょうじんじゃ)氏子中』


落語に出てくる「野崎参り」とは、この野崎観音(のざきかんのん)と呼ばれる慈眼寺(じがんじ)へ、淀川を船で参るという場面なのですが、深野池(ふこうのいけ)があったということでしょうか。今の淀川からかなりの距離があります。むしろ京橋から船着き場があったとされる徳庵からは寝屋川沿いにここまで来れるような気がします。

しかし、「宝塔神社」は、また出てきましたが。「寳頭神社(ほうとうじんじゃ)」「宝塔神社(ほうとうじんじゃ)」のことなのでしょうか。南というとそういうことになるのですが、今回は見落としましたが、野崎駅の近くに「寳頭神社(ほうとうじんじゃ)」というのがあるようです。

宝塔神社(ほうとうじんじゃ)に一時合祀された」ということですが、あの山中までお詣りに上がったのであれば相当信仰心が篤いと思います。


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