(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年10月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大東市寺川 大谷神社


大東市寺川に鎮座する大谷神社(おおたにじんじゃ)です。

神社の由緒書きには「須濱大明神(すはまだいみょうじん)」と小さくかいてあります。

大谷神社(おおたにじんじゃ)由緒(須濱大明神(すはまだいみょうじん))

一.本社の祭神は大巳貴命(オオナムチノミコト)(大國主命の芳名)で出雲大社(いずもたいしゃ)の祭神と同じで寺川の氏神様として鎮座されています。由緒は明らかではないが燈籠や古文書の記録から相当古くから祭られていたものです。

大東市中垣内に「須波摩神社(すはまじんじゃ)」が鎮座していますが、なんとなく関係が見えてくるような気もします。

一.本殿右前の燈籠は、寛永二十年(約354年前)同じく左の燈籠は天和三年(約324年前)に奉納されたものです。

一.取水舎の西側の変形燈籠は「おかげ燈籠」(南かうや道、北、京のざき道)で、元は高野街道の四条中学校付近に文政二年(約188年前)道標的に建てられていました。

一.最初の拝殿は明治十八年に建てられ、大正九年、昭和二十三年、昭和五十年に幾度か修復されました。しかし、長年の風雪に耐えた社殿も損みがひどくなり、平成十八年十月浄財を募り、明け年の平成十九年五月吉日「平成の大新築」で拝殿新築、三明神並びに○堂新築、併せて、扁額、燈籠、玉垣、石垣を復元されたものです。

平成十九年五月吉日建主

大谷神社(おおたにじんじゃ)

山麓の傾斜地に建っていますので、この神社も拝殿を正面から撮影できません。

結構急な階段を登ったところに2m程の通路があるだけで、多くの人が同時に参拝で奇想にはありません。

それにしても、凄い傾斜地に鎮座しています。

祭りや初詣の時には拝殿の前に人が溢れると少々危険なような気がします。

須波摩神社(すはまじんじゃ)の「おかげ燈籠」も斬新なデザインで道標を兼ねていました、どちらが先かは知りませんが、近隣ですので良いアイデアであると思ったのでしょう。

また、東高野街道沿いにあったものをわざわざ移転しているのも同じですが何故移転したのでしょうか。開発で邪魔になったのでしょうか。凄く残念です。歴史の証言物を移転すると分からなくなる事が多いと思うのですが違うのでしょうか。

大東市は最後まで河内湖の残りが行けとして存在していたようなので、古い神社もこの生駒山麓周辺に三社のみであったような記載も記憶にあるのですが、


関連情報レポートリンク

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