(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年10月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市天王寺区 天王寺七坂・天王寺七名泉


九月末にやっと天王寺七坂の写真が揃いました。個々にレポートしていますが、全体をまとめてみます。河内七墓と競争になっていたのですが、こちらが先に済みました。

大阪市の中心部を南北に走る上町台地。天王寺区内には、その上町台地の西縁に沿って「天王寺七坂」と呼ばれる坂があります。

「天王寺七坂」は、北から順に「真言坂(しんごんさか)」・「源聖寺坂(げんせいじさか)」・「口縄坂(くちなわさか)」・「愛染坂(あいぜんさか)」・「清水坂(きよみずさか)」・「天神坂(てんじんさか)」・「逢坂(おうさか)」の7つがあり、それぞれ個性ある風景を持っています。

真言坂
(しんごんざか)
 生國魂神社の神宮寺であった法案寺をはじめとする生玉十坊が、明治の廃仏 釈まで神社周辺で栄えていた。うち、神社の北側には、医王院・観音院・桜本院・新蔵院・遍照院・曼荼羅院の六坊があった。すべて真言宗であったので、この坂は真言坂と呼ばれた。
源聖寺坂
(げんせいじさか)
 この坂は、登り口に源聖寺があるので、その名をとっている。付近一帯は、寺町として長い歴史を持つ。齢延寺には、幕末に泊園書院を興して活躍した藤沢東○、同南岳父子の墓があり、銀山寺には、近松門左衛門の「心中宵庚申」にでてくる<お千代、半兵衛>の比翼塚がたてられている。
口縄坂
(くちなわざか)
 坂の下から眺めると、道の起伏がくちなわ(蛇)に似ているところからこの名がつけられたという。
 付近の浄春寺には歴学者麻田剛立、画家田能村竹田、春陽軒には国学者尾崎雅嘉、太平寺には医家北山寿安ら、江戸時代に活躍した先人の墓がある。また、梅旧院には芭蕉の供養碑もみられる。
愛染坂
(あいぜんざか)
 その名のとおり、坂の下り口にある愛染堂勝鬘院から名付けられた。愛染さんの夏祭り(6月30日)は、大阪夏祭りの先駆けとして知られ、境内の多宝塔は市内最古(文禄3年)の建造物で、重要文化財と指定されている。大江神社には「夕陽岡」に碑があり、このあたりからの夕焼けは今も美しい。
清水坂
(きよみずざか)
 新清水清光院に登る坂道を言う。高台にある新清水寺境内からの眺望は格別で、更に境内南側の崖から流れ出る「玉出の滝」は、大阪唯一の滝として知られている。またこの付近一帯は昔から名泉どころとして知られ、増井、逢坂、玉出、安居、土佐、金竜、亀井の清水は七名泉と呼ばれている。
天神坂
(てんじんざか)
 安居天神へ通ずる道なので、このように呼ばれている。この神社境内は大坂夏の陣に真田幸村が戦死したところで、本殿脇に「真田幸村戦死跡之碑」がある。また、同境内すぐ下には七名泉の一つ、「安居の清水」があり、「かんしづめの井(癇静め)」とも呼ばれよく知られている。
逢坂
(おうさか)
 天王寺松屋町筋終点、いわゆる合法ヶ辻から東へ上がって四天王寺(してんのうじ)西門に至る坂である。逢坂は、逢坂の関になぞらえてよんだものとも、他説では聖徳太子と物部守屋の二人が信じる方法を比べ合わせた「合法四会」に近いことにより合坂と名づけられたなどの諸説がある

天王寺七名泉は亀井・玉出・相坂・安井・有栖・金龍、増井

亀井の清水(別名「の井」)天王寺七名泉の1つ、四天王寺(してんのうじ)金堂内地底にあると言い伝えられる青龍池から湧きいで「白石の玉出水」ともいわれる。この清水は亀井堂の中央に設けられた石造の巨亀の口から流れている。この水は、さらに流れて新清水寺の滝になっているともいわれている。

玉出の清水(別名「の井」)天王寺七名泉の1つ、一心寺の西下に有って天王寺の高台からしたたり来る水であったのだろうが、今は四天王寺(してんのうじ)学園前に「玉手の水趾」の碑が建っているのみである。

逢坂の清水(別名「の井」)天王寺七名泉の1つ、一心寺の前あたりにあったが、道路拡張で取り払われ、その跡も定かではない。

安居の清水(別名「かんしづめ(癇静め)の井」)安居神社の境内の下にある天王寺七名泉の1つ

有栖の清水(別名「の井」)天王寺七名泉の1つ、有栖山新清水寺の北坂を下ると東側の石垣の上に、昔有名な浮瀬の跡(星光学院敷地)が有り、その前方にあって一時は土佐侯在阪のご用水に買収されたともいわれているが、現在はそれらしき跡もない。

金龍の清水(別名「の井」)天王寺七名泉の1つ、泰聖寺(下寺町2-4-10)があり、境内に水質佳良清冽比類なく一種の甘味を帯び、殊に茶の湯に賞味されたという金龍水が有ったが、これも今では、どこに有ったのか定かではない。

増井清水(別名「合酒の清水」)天王寺区伶人町、伶人町興禅寺の東側の増井弁財天の境内にある。安井神社の北の住宅街に立地するこの清水は、上町台地から駆け降りる崖下に位置しており、風情ある坂道が人々を誘う。現在この坂道の途中には、大阪市が整備した湧水施設があり、往時の雰囲気を醸している。

次はこの七名泉をレポートするように計画します。