(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年10月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

大阪市東成区 八王子神社御旅所(楠神社)


大阪市東成区中本に鎮座する八王子神社(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区大今里に鎮座する八王子神社(はちおうじじんじゃ)御旅所(おたびしょ)です。

御旅所(おたびしょ)が鎮座というのは表現としてはおかしいのかもしれませんね。

前回訪問した時にはカンカン照りで、クラクラしていたのか写真はことごとくピンボケでした。

余程暑さにまいっていたのでしょう。

それにしてもここの楠は大変立派です。樹高等は別にして、幹の太さだけ考えると相当大樹になるのではないでしょうか。立派なものです。

『前 八王子神社(はちおうじじんじゃ)略記 (現 八王子神社(はちおうじじんじゃ)御旅所)

明治二十二年迄は、この地一帯は東成郡西今里村と称し、

素盞嗚命(すさのをのみこと)奇稲田媛命(くしなだひめのみこと)大貴大命(おおなくにのみこと)

の三柱を奉斎する八剣神社(やつるぎじんじゃ)がここに在り、此の村の氏神さまでした。

その歴史は大変古く、仁徳天皇が高津宮(こうづぐう)の皇居守護神としてお祀りされたと伝えられています。

その後仁壽二年九月に里人産土神として社殿を修営し、文保二年六月に改築を行ったと記録されていますが、大阪夏の陣の兵火にあい、寛永二年に再建し、江戸時代は八劒大明神(やつるぎだいみょうじん)と称し崇敬してきました。

明治五年に村社となり八剣神社(やつるぎじんじゃ)と改称、明治四十二年十一月に東成区中本に鎮座する八王子神社(はちおうじじんじゃ)へ合祀し、現在は御旅所(おたびしょ)となっています。

境内には大きな楠(樹齢約千三百年)の在るところから、俗に「楠神社(くすのきじんじゃ)」と呼ばれています。明治十八年六月の淀川切れ大洪水のとき、この地の住民四十数名が此の楠の大枝に三日間避難して、かろうじて生命が助かったと語り伝えられています。

八王子神社(はちおうじじんじゃ) 宮司 誠』

説明書きに出てくる「八剣神社(やつるぎじんじゃ)」というのは、現在の大阪市城東区鴫野の八剣神社(やつるぎじんじゃ)と同一の神社なのでしょうか。それとも東成区の熊野大神宮(くまのだいじんぐう)御旅所(おたびしょ)(八剣神社(やつるぎじんじゃ)跡)がそれにあたるのでしょうか。

明治四十二年の神社合祀は、歴史をややこしくしています。神社や寺院の記録はここの市民の記録が有るはずなので失われているのは残念です。

信仰の力は大きなもので、分祀して元の場所に神社を再興している場所が有るということは、それだけ地元の人々の思いの篤さを感じさせられます。


関連情報レポートリンク

【大阪市東成区 神社一覧】