(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年09月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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河内七墓『晒墓地(さらし)』


河内七墓の実在の場所を捜し始めてやっと三つ目のお墓を発見しました。なんのことはないインターネットを探ってもなかなか「ビンゴ」とはなりませんでした。

天王寺七坂と同じようには行きませんでした。理由は簡単なのでしょう。お墓に興味がある人はあまりいませんし、観光地でもない訳ですから「七墓詣り」なんて宗教的なものなのですから当然なのでしょう。

私自身は、七墓の歴史的な意義を考えると、河内平野に住むいじょうは、行基(ぎょうき)という高僧が河内平野を走り回って功徳を施されたという気持ちを汲んで過去を見つめ自分自身の至らなさを感じるためにも「七墓詣り」ような行事を復活させるのは行政の仕事でもあると思いますし、宗教家の仕事でもあるのではないでしょうか。

河内街道とも八尾街道とも呼ばれている古道沿いにあります。JR線の踏切を渡ったところにあり八尾市相生町四丁目と道標の上に地番表示がされていました。


『植松共同墓地由来

行基(ぎょうき)菩薩は、機内に多くの寺を建て、池を堀り、橋をかけ、布施屋を設けて、仏教の布教と共に人々の苦悩を救った。

当時相つぐ天災に倒れた数多くの人のため、河内に七墓を造り厚く葬った。

この植松共同墓地もその一にあたり、今に河内七墓詣りの信仰が伝えられる。

八尾市教育長 青井富三郎書識』


碑文と行基(ぎょうき)菩薩の墓があります。

あと四つなのですがなかなか回る機会がありません。「七墓詣り」って何日掛けていたのでしょうか。地図を見ると歩いて一日でというのは少し辛そうな配置なのですが、昔の人は足が達者だったのでしょうね。

それにしてもやっと見つけた喜びの方が多いのですが、来年は「七墓詣り」に挑戦出来るように今年中に場所を特定しておきたいと思います。


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