(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年09月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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八尾市沼 寶殿神社


大阪府八尾市沼に鎮座する寶殿神社(ほうでんじんじゃ)です。宝殿神社(ほうでんじんじゃ)と書かれることもあるのでしょうか。

単車に乗るのは、ヘルメットが鬱陶しいし、車で行くと目的地以外の発見はありませんし、公共交通は不便そうなので、自宅からぶらぶらと自転車で来たのですが、八尾空港を回り込まないといけないので久しぶりに遠いなと思いました。

なんせ50過ぎたおっさんが自転車で平日の昼間に時間を作って回っているのは怪しいかもしれませんが。


寶殿神社(ほうでんじんじゃ)

当社は室町時代河内守護神であった畠山氏の小山砦から鬼門の位置にあったのでその守護神として創建されたと伝えられの沼の産土神である。

本殿は一間社流造で覆屋内に鎮座し江戸時代中期のもので市内に残存する古い建築様式の一つであり、同時代のものと考えられる珍しい本殿狛犬二対も保存されている。

またこの付近は宝永年間の大和川付替工事のときその川筋に当たっていたが、村民が一致○○して村と神社を護った。それ故に現在もこの付近を千両曲がりと呼ばれている。

昭和六十一年一月

八尾市教育委員会』



『八尾市指定文化財

寶殿神社(ほうでんじんじゃ)本殿 附 狛犬二対

江戸時代中期。一間社流造。桧皮葺。

全体に彩色が施され、細部も古式で美しい

組物の上に六本の垂木が乗る六枝掛けの技法やほっそりとして古めかしい○股(かえるまた)等に河内の伝統的な様式が良く残る。

境内には宝永四年の銘をもつ鳥居があり、本殿もこの時期の造営かと考えられる。

本殿内には彩色された木造と陶製の狛犬が各一対ずつ安置されており、本殿と同時期に製作されたとみられる。

これらは、平成十四年度の八尾市指定文化財に指定された。

平成十五年三月

八尾市教育委員会』



寶殿神社(ほうでんじんじゃ)御縁起

御由緒

当神社は創建の年代は明らかではないが口伝によると往古畠山氏一族の建立で、畠山氏の居城小山砦の鬼門除けの神社であった。それで○々境内に伏兵を配備して奇功を立てたが、永禄年間三好勢の為に、宝庫等戦禍に逢い古文書、宝物等消失したと伝えられている。宮座に残る古記録によると五穀の神、保食の神と唱え御神徳広大な諸神の鎮まりますので○者多く、安永年間までは祭祀を○る荘厳にせられたと○○○、なお古元畠山城から当社に通ずる参道もあって老松多く繁茂していたが、宝永元年大和川の付け替えによって中断せられてから全く古往の風致はない。当時、本社は新大和川の川筋の中心となり、まさに川底になろうとした時、此の由緒深い社地の存続を願うため城代の副事もあり、又氏子一同から千金を拠出して流路を迂回して現状のとおりになった。よって俗に沼の千両曲りいい金にその名を伝えている。』


本殿内に狛犬はありますがうまく写真が撮れていませんので、興味のある方は訪問してください。

大和川の堤防が鼻先に見られますのでJR柏原駅や近鉄の柏原南口駅から直線距離で約2km少しあります。柏原南口駅から堤防を歩いてくるとそう遠くは思わないのではないでしょうか。

地形図で見ても、大和川上流の新大井橋から明治橋の間は直線ではなく少し南側に曲っています。この曲がりのことを「千両曲がり」と呼ぶということは始めて知りました。

歴史に残るべき事柄ですよね。大和川の付け替えは江戸時代の公共工事の典型であったという位置付けの説明もありますので、学校ではもっときちんと教えて欲しいですね。


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