(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年09月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市出雲井町 枚岡神社


河内国一の宮である東大阪市出雲井町に鎮座する枚岡神社(ひらおかじんじゃ)です。

お詣り仕方回数はともかく、私が生まれてから最も多く訪問した神社であると言っても間違いないと思います。参道の直下は、近鉄奈良線枚岡駅で、生駒山頂や暗越奈良街道への玄関口です。学校の遠足やボーイスカウトのハイキングや夜間ハイクに初日の出を奈良の三条からここまで歩いて途中の暗峠(くらがりとうげ)で初日の出を見たりという行程には必ずこの神社の参道を経由していました。

神社は出雲井町にありますが、一の鳥居は東高野街道沿いの鳥居町にあります。神社との距離は1km弱、標高差は50m以上あると思います。

『東高野街道・枚岡神社一の鳥居

この前の道は、東高野街道または、京道、紀伊道とも呼ばれています。京都九条の教王護国寺(東寺)から伏見を経て、木津川を渡り、山城と河内の国境である洞ケ峠を越え、旧河内国に入り、生駒山脈の西側を経て、大和川を渡り、石川沿いに南下して、紀見峠を越え、高野山へ至る街道です。

古代において、河内の平野部は、池や低湿地のため、この山麓沿いの道は、河内で唯一の南北道として重要な役割を果たしていました。

南北朝の戦いのとき、生駒山麓一帯は戦場となり、楠木正行や高師直らが、この道を走り回ったことでしょう。

東高野街道に面して建てられているこの鳥居は、枚岡神社「一の鳥居」で、神社までの参道は、「松の馬場」と呼ばれ神社地です。10月の秋祭りには、各地区の「ふとん太鼓」が、ここに集合し、神社へ宮入します。東側にある灯篭は、以前、鳥居の中央部に建てられていました。貞享二年(1685)の銘があり、市内で最も古い灯篭です。

安永五年(1776)に刊行された「河内国細見図」にも東高野街道に面して建てられている「一の鳥居」と平岡社(枚岡神社)までの松の馬場が載せられています。

平成3年3月

東大阪市教育委員会

「一の鳥居」は平成七年の阪神大震災で被害があり修復したときの碑がありました。

『第一鳥居は、享和年間に建立、以来弘化三年六月に注連縄掛等取付けの手を加え、鳥居町の人等に慣れ親しんで今日を迎え、平成七年の阪神淡路大震災に歪みが生じ、鳥居自治会の強力のもと、上部柱及び貫等を取替え立派に改修公事が完了し、神津嶽(かみつだけ)を望む第一鳥居の威容を一段と高く仰ぎ、盛大に竣工式を挙行した。

平成十年八月吉日』

枚岡神社(ひらおかじんじゃ)は、河内国一の宮と位置付けられるほどの格式を持っており、宮参りの人が後を立ちません。

『御由緒

社伝によれば、神武天皇御東征の砌、紀元前三年国土平定祈願のため、天種子命勅命を奉じて現社地の東方山上の霊地神津嶽(かみつだけ)に、天児屋根大神、比売神の二柱の神霊を奉祀せられた。その後孝徳天皇○○元年(650)平岡連等が、現社地に神殿を造営、山上より二柱の神霊を奉遷し、次いで光仁天皇宝亀九年(778)香取鹿島より、経津主大神、武甕槌大神を勧請奉斎して以来、四柱の神霊が四殿に御鎮座になっている。

悠久限りなき上代に勅旨にて創祀せられた故を以って、古来朝廷の尊崇最も厚く大岡元年には封戸六十戸を有し、貞観年中に神階正一位を授けられ、同時に春秋の勅祭に預り奉幣を受け、之を以って永例と定められ、更に延喜の制成るや大社として三大祭に業上の官幣に預り、名神祭、相當祭の鄭重なる祭祀を受け、殊に春冬の二回勅使を遣わされて厳粛なる枚岡祭を行わせらるる外、随時祈雨○祈大祓等祈願奉幣に預る等、最高の優遇を受けた。

中世より河内の国一の宮として御社運益益々繁栄し河内一円の諸家を氏子とし、武家、公家、庶民に至るまで根強き信仰を集め、明治四年神社制度が確立されるや、官幣大社に列格され御神威は益々高揚し、その後幾多の変遷を経たが、創祀以来二千六百有余年の由緒を誇る大社としての格式と尊厳を保持し、今日に至っている。

尚摂末社として若宮社、天神地祇社が御鎮座になり、その南方の神苑には数百株の梅樹が植栽され、季節には参拝者の目を楽しませている。」

相当由緒深いのは理解できます。南側の「枚岡梅林(ひらおかばいりん)」は、桜に先駆けて咲き誇りますし、上部には府立の枚岡公園があります。

境内には「平岡」と彫られた灯篭がかなりの数ありますので、昔は「平岡」と書いていたのを確認できます。


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