(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年09月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市六万寺町 旧春日神社本殿跡


二本松古墳(にほんまつこふん)から養老院裏の道を少し上がったところにある神社マークに辿り着きました。東大阪市六万寺町に鎮座した旧春日神社(かすがじんじゃ)本殿跡です。

春日神社(かすがじんじゃ)本殿跡と書いてある説明書きが建っています。

『旧春日神社(かすがじんじゃ)本殿跡

四条村の氏神であったこの春日神社(かすがじんじゃ)は、中臣氏の祖神の天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭神とし、もとは村の東橋の字宮ノ前、現在のさくら荘となっている所にまつられていました。

明治五年(1872)、明治政府による神社の統合整理により、近郷の神社と共に枚岡駅の東側に鎮座する河内の国一の宮の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)に合祀されることになったため、残る社殿と石鳥居(いしとりい)石燈篭(いしどうろう)狛犬(こまいぬ)がこの地に移され今日まで守り伝えられてきました。

本殿は覆屋内にあり、1間社春日造りの形式で、現在は軽く桧皮を葺いています。東側屋根裏の棟木面には、「天文九年庚子年月日(1540)」と墨書きが明瞭に残り、主屋の頭貫先端の禅宗様式の木尊・南拝・蓑毅の輪郭や彫剣等などに古い特徴が見られますが、田の特徴などから、実際は墨書の年号より遅れる近世初頭に、新旧部材を使って建築されたものではないかと考えられている。

本殿には、龍に雲文・唐草文・花文・八八双文。蝶文など、赤・青・緑等の色彩を使用して各部に極彩色を施しています。この内板扉の絵筆は後補のものです。

なお、覆屋の正面にかかる額は痛みが進んでいますが、「春日大明神(かすがだいみょうじん) 南岳悦山讃書」と刻まれており、悦山は宇治の黄檗山 萬福寺(まんぷくじ)の名僧にあたります。

昭和49年3月25日には、貴重な市内神社建築物の一つとして、市の有形文化財にしてされています。

平成13年9月 東大阪市』

しかし、生駒山麓はおもしろい所です。南へ下っていくと高井田古墳群の横穴に行き着きます。子供のころは中に入っていたのですが、何やら絵が発見されたとかで入り口には扉がついています。

私は落書きをした記憶はありませんが、誰かの落書きではないでしょうか。というのが私の見解なのですが違うのでしょうか。


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