(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年08月09日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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八尾市福栄町 十三街道 福栄橋


福栄橋(ふくえいばし)はとっくに紹介していると思っていたのですが抜けていました。

わざわざ保存したらしく公園の橋に柵で囲まれています。


福栄橋(ふくえいばし)

この石橋は福栄橋(ふくえいばし)とよばれ、大坂の玉造から若江、福万寺をへて大和の竜田を結ぶ十三街道の恩智川を渡るために架かっていました。

かつてこの橋があった西側には寛政十二年(1800)に福万寺村の人々が建てた橋の供養碑が残されています。碑には、大雨による洪水で橋が流失したので、新しく再建したことが記されています。橋に感謝して建てられた供養碑としては市内で唯一のものです。

ここに保存されている石橋は、明治9年4月(1876)に造られたものですが、昭和48年(1973)の恩智川改修工事の際に橋が付け替えられ、橋脚部分を除いた板石と高柵部分が残されています。

平成20年3月 八尾教育委員会』


この石橋は、1800年に新たに付け替えられたということでしょうか。ざっと200年経過しているものなのですね。

どの程度の人数がこの橋を渡ったのでしょうか。

日々、渡った人もいれば、急用で奈良へ向かった人や大坂へ向かった人もいたでしょうし、喜びに満ちて渡った人もいれば、悲しみに打ちひしがれて渡った人もいたことでしょう。

歴史に名を残した人も、一人の人間としての人生を生きた人もいたでしょう。

それぞれの人の渡った形跡は残っていない位のでしょうが、それぞれの記憶の中に残る橋であったことでしょう。

あなた自身の歴史も様々な所を訪れて、記憶の中に刻んでいるそれぞれのシーンがあなた自身の人生の一コマであり、人生を重ねていくことに生きていく意義があるとも言えるのでしょう。

もう少し調査が残っていますが、十三街道は玉造からこのあたりの福万寺に鎮座する三十八神社(みそやじんじゃ)までは確実に繋がりました。