(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年08月07日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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八尾市泉町 西郡天神社(西郡廃寺跡)


西郡天神社(にしこおりてんじんじゃ) 西郡村の氏神。神社の前で十三街道(じゅうさんかいどう)河内街道(かわちかいどう)から分かれて東へ続いている。』という記述を発見しました。

なるほど十三街道(じゅうさんかいどう)は、若江鏡神社(わかえかがみじんじゃ)から南へ向いてこの西郡天神社(にしこおりてんじんじゃ)で東の信貴生駒山系に向かい、八尾市福万寺に鎮座する三十八神社(みそやじんじゃ)に向かっているのですね。その途中に福栄橋(ふくえいばし)があるということですね。

私のイメージの中では、十三街道(じゅうさんかいどう)布施恵比寿神社(ふせえびすじんじゃ)都留彌神社(つるみじんじゃ)小坂神社(こさかじんじゃ)彌榮(弥栄)神社(いやさかじんじゃ)を経て若江鏡神社(わかえかがみじんじゃ)西郡天神社(にしこおりてんじんじゃ)(西郡廃寺跡)→福万寺三十八神社(ふくまんじみそやじんじゃ)福栄橋(ふくえいばし)とつながってきました。

途中の数ヶ所は未だにイメージできていませんが、なかなかおもしろいコースのようです。

この神社は八尾市立埋蔵文化財調査センターが平成18年に発掘調査を実施した情報があります。

『JR環状線玉造駅の下を東西に通る道の駅から2、3分東に『玉造名所 二軒茶屋・石橋/寛永八年 (1631) 十二月』の碑があるそうです。』

ここが暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)十三街道(じゅうさんかいどう)のスタートだそうです。そこから、一本北側の道が街道筋で、先日行った、熊野大神宮(くまのだいじんぐう)真言宗 妙法寺(みょうほうじ)(契冲(けいちゅう)史跡)から、暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)と分岐して小路の方へ向かって布施恵比寿神社(ふせえびすじんじゃ)の方へ行くようですね。

『東大阪市に入り足代→荒川→永和→小阪→若江と来て若江鏡神社(わかえかがみじんじゃ)南の「右 十三街道(じゅうさんかいどう)」の道標の所から河内街道(かわちかいどう)に合流し南へ,第二寝屋川(昔は小川だった)を渡り八尾市に入る,西郡天神社(にしこおりてんじんじゃ)河内街道(かわちかいどう)と分かれ東へ,桂町→福万寺町を通り恩智川(おんぢがわ)福栄橋(ふくえいばし)を渡る.さらに東へ三十八神社(みそやじんじゃ)東高野街道(ひがしこうやかいどう)→楽音寺→大竹→神立へ,神立から道は上りになり,第二万葉公園付近から茶屋辻(ちゃやつじ)(この辺から山道)を経て水呑地蔵(みずのみじぞう)十三塚(じゅうさんつか)(十三峠),スカイラインに着く。』


『西郡廃寺跡

境内の手水鉢(ちょうずばち)は西郡寺の塔利柱礎石である。この地は錦織連の居住地で、その寺院の地といわれ、八間堂の字名がある。

塔心礎は、高さ60cm、縦120cm、横160cmの自然石の中央に直径67cm深さ37cmの柱穴があり、その中央に直径21cm、深さ18cmの舎利孔がある。白鳳時代に属し、昭和49年大阪府から考古資料として指定された。

また、この境内から鎌倉時代の石灯篭の台座も出土した。

八尾市教育委員会』


完全ではないですが、十三街道(じゅうさんかいどう)がほぼ解明できたような気がします。


関連情報レポートリンク

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