(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年08月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市東成区大今里 熊野大神宮


妙法寺(みょうほうじ)に隣接する大阪市東成区大今里に鎮座する熊野大神宮(くまのだいじんぐう)です。本日の予定はここで終了です。

この熊野大神宮(くまのだいじんぐう)の境内は広くて大木が茂っていて涼しいと言うのが実際の感じです。由緒もなにも発見できなかったのですが、大阪城の東側にあるということで、隣接の妙法寺(みょうほうじ)と合わせるとここの場所でこの様な広大な敷地が信仰のためにあるのは一種の驚きです。

きっと古くからある神社なのでしょう。暗越奈良街道沿いにあるのもきになるところです。私ももっと東になるのですが暗越奈良街道沿いに住んでいますので、たまに大勢の人が歩いているのを見ることがあります。あまり知らなかったのですが、十三街道にこのあたりから分岐していったのでしょう。

東成区のホームページで説明を見つけました。

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)ほか二柱を奉斉する旧大今里村の氏神で、用明天皇2年の創建と伝えられます。石山合戦の際、兵火にあいましたが再建され、元和(17世紀前期)以降大坂城代就任と領内巡視の時は、必ず社参することを恒例とした社で、熊野権現(くまのごんげん)と称し、明治5年(1872)に現社号に改め、同44年(1911)旧東今里村氏神八剣神社(やつるぎじんじゃ)を合祀しました。』

そういえば熊野大神宮(くまのだいじんぐう)御旅所(おたびしょ)ってさっき回ったときにありましたね。この神社と関係があるようです。

御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。巡幸の道中に複数箇所設けられることもある。』

由緒としては「平成祭礼データに、 当社創立年代は少なくとも千四百年以上を経ており、遠く詳かではないが用明天皇二年、厩戸皇子が四天王寺(してんのうじ)を浪速玉造の岸に創立せられた時、拾弐坊の伽藍を建立せられ、当社の社務を司どられた。当時社殿は宏麗、境内は広濶、祭事備具すこぶる堂々たるものであったと伝えられている。然るに正親町天皇元亀元年、石山寺本願寺の主 僧顕如が、織田信長と交戦の時、当社及び伽藍が兵火のため烏有に帰したので、本社及び一坊舎(角坊今の妙法寺(みょうほうじ))が仮に建立された。」

とありますが、1400年前からあるとは驚きです。東大阪市と違ってこの辺は古くから人が住めるような土地であったということでしょうか。

天照皇大神神宮も石造りで始めて見ました。なるほど、古くからある由緒あるような気がします。もっと知りたい方は、インターネットを検索してみてください。

暑くて本当に疲れました。


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