(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年08月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市東成区大今里 真言宗 妙法寺


夏の暑さでクラクラになりながら、本日計画した最終目的地である大阪市東成区大今里に鎮座する熊野大神宮(くまのだいじんぐう)に辿り着く前に隣接して門の開いているお寺があったので入って見ました。

暗越奈良街道にも

契冲(けいちゅう)史跡
近世国学の始祖といわれる契冲(けいちゅう)(1640-1701)の史跡』
という案内がありましたので、舞い戻って探したのですがそれらしい史跡は見当たりませんでした。

個人的には寺社仏閣教会は、税制上も優遇を受けている理由は宗教(信仰)を発起するということからも、広く庶民を受け入れる姿勢がもっとも重要であると思うのですが、閉じられた寺院が多いのは残念です。

門前に

契冲(けいちゅう)史跡
     妙法寺(みょうほうじ)境内

慶安三年(1650)契冲(けいちゅう)十一歳の時、当寺に入り住持?定(がいじょう)の弟子となり十三歳にして剃髪した。

延宝六年(1678)39歳の時、師の命により、当寺住職となり、元禄三年(1690)慈母の滅後、園珠庵に移ったと考えられる。その十二年の間に水門光圀公の杢が需に応じて萬葉代直紀二十巻総釈二巻の大著をものした。当時の遺稿を存しない事はおしまれるが、契冲(けいちゅう)修学の道場として最も深い縁故の寺院である。

大阪府古丈記記念物等保存顕彰規則により史跡としてしていする。
  昭和二十四年五月九日
 大阪府教育委員会
   標記記載番号史第四十三号』

なんのことはない、史物はないのですね。私は数回境内を回ったのですが発見できなくて、また電話して伺おうと思っていたのですが、この場所がということで「チャンチャン。」

このお寺大黒天もなんか有名らしいです。


妙法寺(みょうほうじ)開運出世大黒天由来

大阪城の東、大今里妙法寺大黒天は御丈八勺なり。その昔は高野山御建立の為に三輪の里を度々御往来あり。時に市場の掃除や品物の番などせる五十才あまりの老人あり、弘法大師、彼の老人と心やすくなり、往来の度毎にその老人の小屋に休みたまふ。ある時老人曰く、我ら今極貧なり、尊とき三世の大師我がむさ苦しき小屋に御休みたまふ事ありがたき。我ら少しの金銀あれば高野山御建立の為に大師に奉りたけれどそれもかなはずと涙をこぼし父子共々嘆きけるを、弘法大師、彼の父子のまことの心をあはれに感じたまい、彼の父子に一時千座の秘宝をさづけたまえり。

それより父子は、一心に一時千座の法を修行しければ、あら不思議なり、正月の子の日に御丈八勺ばかりなるいかにも福ぶくしげな五十才ばかりの大神、頭には頭巾を着し、足には沓をはき、背には大袋を負いて、にこにこと父子の所へ現れ、我は大自在摩訶伽羅大黒天神なり、今我が姿をよく見て、三輪山の峯に登り松の大木にて我が像を丈八勺に作り日々信仰すべしと告げたもうて、煙の如く天に登り消えたまう。

父子は弘法大師とともに三輪山に登り、大師は大黒天の御首一丈に作り、父子は大黒天御身を七尺に作り都合御丈八勺の大黒天となり、朝夕信じければ(即)ち大福長者となり、市守長者と申し、七そん万宝の蔵を建並べたり。

その後、江戸の始めに彼の大黒天をこの妙法寺(みょうほうじ)の伽藍にうつし、大坂中の守神として「南にては今宮の恵比須、東にては今里の大黒」と喧伝され信仰する諸人皆ことごとく繁盛せり。

かの大閣様もこの大黒天を神事たもうて御運日の出の如く開け、また東照大権現も此の大黒天を御信仰ましまして天下を治めさせたまひ、御公儀も世間の人々の貧窮をすくわんと、日本国中何宗にかぎらず家々台所に大黒天を祀り福寿増長を祈るべしと御示しあれば、信心の人々皆不思議の大利益をうけ家内繁盛せりと。

標記の大黒天()は、文政十三年四国の絞範上人により阿波の国は徳島の神応寺へ出開帳の為招来され、今も神応寺に安置されているので当寺には御身代りの大黒天が奉記されている。』


ん、弘法大師が掘られたという御顔をもつ大黒天はいらっしゃらないのですか。私も出世できるでしょうか。恵比須は知っていましたが、こんなに近い所に有名な大黒天がいらっしゃるのを知りませんでした。また来ます。