(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年07月31日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市城東区鴫野東 鴫野八剣神社


鴫野八剣神社(しぎのやつるぎじんじゃ)に合祀と書いてあった神社ですね。立派な神社です。大阪市城東区鴫野東に鎮座する鴫野八剣神社(しぎのやつるぎじんじゃ)です。別称は「八剣神社(やつるぎじんじゃ)」と呼ばれています。


『応永の始め、鴫野村の住民某がある夜夢を見た。その夢枕に一人の老翁が現れ、「吾はこれ熱田の神なり。跡をこの地に垂れんと欲す。明日汝等出でて吾を淀川の河辺に迎うべし」 と告げたので、翌日村人十数人を呼んでことの次第を語ったところ、自分も同じ夢を見たと云う者が、十人余に及んだ。

そこで一同は各々衣服を改めて河辺に出迎えると、果たして一ぴきの小蛇が河中に現れ、まっすぐこちらに向って来て、 やがて岸に上がった。その様の悠々泰然たるを見て、村人は畏敬に打たれ、一同相従って行くと、小蛇は川を越え堤を経て鴫野村に入った。

そして、小蛇が留まった所を見て、村人たちはそこに小さな祠を建ててこれを祀った。時に応永3年(1396年)9月22日のことである。(なお、別伝で蛇ではなく、白鳥の伝えもある)

以来、室町、戦国、江戸、明治を経て、大正4年天王田村の氏神八坂神社と永田村の氏神水神社を合わせ祀って、今日に至る。

平成12年には六百年祭を斎行した』とご鎮座の由来には記されています。


境内の片隅にちょっと気になる石像がありました。

台座には
『隠退記念
十四代目 朝日山四郎右衛門』
と約50名の村人達の名前が彫ってあります。

ネット検索してみると、「小説朝日山四郎右衛門」と相撲部屋の朝日山部屋の当主が代々「朝日山四郎右衛門」のようなのですが。このお方は、相撲取りには見えません。由来も何もありませんので何なのでしょう。どう見ても侍にしか見えないのですが。

この神社にも立派なだんじり倉庫があります。この2棟以外にも「東之町」とかかれた「だんじり倉庫」があります。東大阪市のだんじり倉庫と違って、きちんとそれぞれの地名や紋章が描かれています。

拝殿はすごくモダンな作りで中も明るいので他の神社とは違った雰囲気を醸し出しています。何よりもこの地域の神社を合祀しているようなので、地形図で見ても神社らしきマークはここを中心に1kmの範囲には見当たりません。


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