(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年04月15日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市荒川 都留彌神社


大阪府東大阪市荒川に鎮座する都留彌神社(つるみじんじゃ)です。

都留彌神社(つるみじんじゃ)は、近鉄大阪線布施駅と俊徳道駅の間にある神社で元は現在の「布施戎(ふせえびす)」のあった場所にありました。布施村の守護神でした。ここから北へ500m程のところに「鴨高田神社(かもたかだじんじゃ)」と「長栄寺(ちょうえいじ)」があります。

先日、開通した「JRおおさか東線」の河内永和駅と俊徳道駅も同様に近くにあります。俊徳道駅は、『俊徳丸(しゅんとくまる)という、は河内国高安の山畑(現在の八尾市山畑地区あたり)にいたとされる信吉長者の子で容姿が良く、頭も良い若者だった。そのため、四天王寺(してんのうじ)の稚児舞楽を演じることとなった。この舞楽を見た隣村の蔭山長者の娘は俊徳丸(しゅんとくまる)に魅かれた。その後、二人は恋に落ち、将来、一緒になることを願うようになった。

しかし、継母は自分の産んだ子を世継ぎにしたいと願ったため、俊徳丸(しゅんとくまる)は継母から憎まれ、ついには継母によって失明させられてしまった。そして癩にも侵され、家から追い出されてしまった。そして行きついたのは四天王寺(してんのうじ)であったという話と、俊徳丸(しゅんとくまる)が高安から四天王寺へ通ったといわれる道筋が、今に残る俊徳道だといわれており、近鉄大坂線俊徳道駅など沿道付近にある施設・旧跡に「俊徳」の名が冠されている。』

知られているようで、まったく知られていない俊徳丸のこの話は、興味深いものがあります。私も俊徳道の名が俊徳丸に由来していることだけは知っていました。

都留彌神社(つるみじんじゃ)(鹿島神社)は、『明治43年布施村足代に在った神社を現社地の鹿島時神社に合祀し都留彌神社(つるみじんじゃ)の社名を継承した都留彌は都留美島の省略で旧大和川につるむ(交尾の意)一対の美しい島があり、これが神名となり豊漁を祈ったものとの説がある。

古代大和川の魚を網代で捕ったことにより足代の地名が生まれたという。社伝等の古文書類は明治18年の大洪水で流失し神社の詳細は不明という河内平野が江湾であったころの島で水戸の神、水の神として創祀されたものか神社に関係する古代氏族は不明である。』という説明ですが、何が何だかよく理解で来ませんね。


境内には恵比寿神と大黒神の像がおかれていました。子供の頃は、夏祭りと秋祭りが結構にぎやがで必ず来ていましたが、足も遠のいていました。もともと布施の神様であると思っていましたし、私の住んでいた所のだんじりは、長瀬神社に参内していましたので、祭りの夜店が目当ての訪問でした。

もともとこの付近は付け替え前の大和川の本流が通っていた場所で、現在の長瀬川が旧大和川本流と言われており、子供の頃に舗装されていない道路を掘り返すとしじみの殻がよく出てきたものです。


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