(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2008年04月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市高井田元町 鴨高田神社


大阪府東大阪市高井田元町に鎮座する鴨高田神社(かもたかだじんじゃ)です。私たちは「かもたか神社」と呼んでいます。

近鉄奈良線とJRおおさか東線の河内永和駅から北東へすぐのところに、この鴨高田神社(かもたかだじんじゃ)(通称:かもたかじんじゃ)とその裏の北側に「正法根本道場 新真言宗 総本山 長榮寺(ちょうえいじ)があります。近鉄永和駅の北側の信号に立つと鳥居が見えます。

鳥居をくぐると、灯篭が本殿まで両側に並んで立っています。この境内はそんなに広くないのですが、公園が殆どないこの辺では、貴重な広場になっていますし、子供が少なくなっていますが、夏祭りや秋祭りには、夜店も出ます。また、子供たちもどこからか集まってきます。

本殿の西側には朽ちた御神木がありますが、本殿の裏側には新しい御神木が祭られています。

説明書きによると、「平安時代の「延喜式」ののせられた古社で、「大阪府全誌」には、速須佐之男命、社の由緒書には大鴨積命、神功皇后、応神天皇を加えた四神を祭神としています。別名「八幡社」とも呼ばれていましたが、これは保元三年(1158年)銘の「岩清水八幡宮文書」に、「河内国高井田庄」の名がみえることに由来すると考えられています。しかし、大阪夏の陣によって社殿がことごとく消失し、その後数年をかけて再建されたと言われています。当神社には、神事に参加する村人たちによって宮座が構成されており、戦前まで久左衛門講、信座講、灯明講の三つの宮座がありました。

境内には「八幡宮高井田村」と刻む享保十三年(1728年)銘の石燈篭一対や「常夜灯八幡宮御宮前」の文字を縁取りで彫る安永三年(1774年)銘の石燈篭、「河州新喜多新田」の名を刻む寛保2年(1742年)銘の石燈篭、寛政九年(1797年)銘の狛犬一対など多数の石像物が残されています。(平成15年3月 東大阪市)」と説明書きがあります。

本殿に向かって左側に夷神があります。この写真を撮っているときにひっきりなしにお詣りにくる人がいました。子供の頃からこの辺を通ることが多かったのですが、こんなにお詣りに人が来るとは思っても見ませんでした。

石造りのちょっと滑稽な表情をした夷神です。ご利益があるのでしょうか。JRおおさか東線を西へ越えたあたりから、地下鉄中央線の高井田駅までの北へ向かって高井田という地名があり、人工衛星を打ち上げるといっているのはこの辺の中小企業の見なさんです。

布施のえべっさんもここから歩いても20分もかかりませんが、ここの戎神さんは知りませんでした。

本殿裏には池があり、亀と最近は水鳥が羽を休めていることが多くなりました。なんとなく危険防止かもしれませんが、柵に囲まれた御神池には少し寂しさを感じます。

「御大豐記念」と彫られた石碑があります。この字は、「塩爺」こと「元財務大臣の塩川正十郎」氏によるものです。こんなところまでと思ったのですが、塩爺の家からも1kmもありません。

この石碑横の鳥居をくぐって外へ出ると、すぐ北側に春には桜が美しい「正法根本道場 新真言宗 総本山 長榮寺(ちょうえいじ)の門が見えます。この神社を「かもたかたじんじゃ」とこの辺で尋ねても解らないことが多いと思います。「かもたかじんじゃ」と聞いてください。社務所は昨年新設されてきれいになっています。境内には「だんじり」も保管されています。


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