(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2008年03月28日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市天王寺区大道 浄土真宗本願寺派 超願寺


大阪府大阪市天王寺区のの南大門まえの信号を渡って南へ真っ直ぐに天王寺駅方面へ向かうと、次の信号の所の道標に「庚申堂(こうしんどう)(100m)」と書かれており、交差点の向こうを見るとなにやら白い花が満開に咲いているお寺のようなものがあるのに気がつきました。

信号を渡って大阪市天王寺区大道にある境内に入ると、ここは庚申堂(こうしんどう)」ではなく、「超願寺(ちょうがんじ)」という寺であり、「竹本(たけもと)義太夫(ぎだゆう)の墓」があります。赤い花は「梅」で白い花は「木蓮(もくれん)」の純白の花で、寺の壁に沿ってかなり多くの木蓮が植わっておりすべて満開で壮観でした。モクレン(木蓮(もくれん))にはえんじ色のついたようなものもありますが、ここのはすべて純白でした。

竹本(たけもと)義太夫(ぎだゆう)は、「慶安(けいあん)4年(1651)、この超願寺(ちょうがんじ)から南へ約100mほど行った辺り(摂津国東成郡天王寺村南堀越(現:大阪市天王寺区))の農家で生まれ、子供のときから浄瑠璃(じょうるり)に夢中で、家の手伝いなどはせず少年のころにはすでに近郊で芸達者の名声を得ていたといわれる。附近の路上に「生誕地の碑」が立っているそうだ。研究熱心で小唄(こうた)俗謡(ぞくよう)から物売りの呼声まで身につけ修練を積んだ。」ということです。

そう言えば、「竹本(たけもと)義太夫(ぎだゆう)」って名前は何度か聞いた記憶があります。私は、粋狂な人間ではないので、歌舞伎(かぶき)浄瑠璃(じょうるり)なんて近づいたこともありませんが、墓にはきちんと屋根までついていて、人が群がっていましたし、建物の内部には説明書きを入れた箱まであり、訪問客も多いようです。

境内を歩いているとちょっと変わった形の石と両側に仁王像を彫刻した石が建っています。これって、阿形像(あぎょうぞう)阿形像(うんぎょうぞう)と思うのですが、真ん中の大きな石には何も掘っていないし何だろうと思って写真を撮ったのですが、裏に廻って真相が解りました。

裏に回り込むと真相が理解できました。不動さんを中心にし地蔵さんが並んでおり、参拝できるように屋根つきの線香台などが設備されています。そんなに境内が広くないお寺ですが、彼岸でもあったためでしょうか、歴史の散歩道の静けさに比較するとお寺の規模からすれば人影は多い方のお寺です。

どうやら、道路側についていた勝手口から入ったようです。表に出てくると質素な門に魅力的なものを感じました。参拝客の多い大きなお寺も良いのでしょうが、このようなお寺の方が庶民的で親近感が持てます。

意外なところに意外なお寺がありました。ところで、「庚申堂(こうしんどう)(100m)」って書いてありましたが、ここまでで30m位でしょうか。100mの地点には何もありそうな気配がありませんが、と思いましたが、道標の示すとおりに南へ向かうことにしました。