(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年08月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

相楽郡笠置町笠置笠置山 後醍醐天皇行在所跡〔笠置寺〕


京都府相楽郡笠置町笠置笠置山にある「後醍醐天皇行在所跡〔笠置寺(かさぎでら)〕」です。

「皇居跡(行在所遺跡・後醍醐天皇行在所跡)」とも説明書きにはあります。

南北朝時代の史実に登場する場所です。

後醍醐天皇がこの地で戦ったという歴史の重みを感じられれば良いのでしょうか。

武士に取って代わられる前の最後の天皇の権力争いの場所と言えるのではないでしょうか。


後醍醐天皇行在所跡

元弘元年(1331)八月二十七日政治改革に失敗され、京都御所を出られた後醍醐天皇を受け入れた場所である。

天皇方二千五百、笠置山に向かって北条方七万五千と伝う大軍を相手に攻防一ヶ月、ついに九月二十八日夜半風雨を味方にした北条方五十名の決死隊により奇襲攻撃をうけ、大摩崖仏をはじめ笠置寺(かさぎでら)山内四十九ヶ寺すべて廃塵に帰してしまった。

標高二百九十米笠置山頂である。

笠置寺(かさぎでら)奉賛会』

※ 境内掲示より


門があって玉垣に囲まれていますが、中には特に何があるというわけではありません。

少しばかり不思議な天皇の歴史の始まりでもあるのでしょうか。

現在まで天皇制度が継続して言うのは、権威という傘の欲しかった武士が存続させてきたという事なのでしょうか。

庶民は、「天皇」という存在をどのように認識していたのでしょうか。

今上天皇の生前体位で賑々しい国会の人々の思いはいったいどのようなものか、国民有権者の思いは如何なるものかという視点は面白そうです。

日常ではないという事なのでしょうか。

私は、皇太子殿下と言葉を交わしたことがあるのですが、その内容の記憶が全くありません。

緊張していたのでしょうね。