(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年08月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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相楽郡南山城村南大河原 弓ヶ淵の伝説・明神の滝


京都府相楽郡南山城村南大河原にある「弓ヶ淵の伝説・明神の滝」です。

勿体ないですね。

山側には滝があり、川が見えれて、駐車余地があれば風光明媚な名勝になると思うのですが、残念ながら肝心の川は所々でしか見えませんし、遊歩道があるわけでもありません。

様々な説明書きがあっても、交通量が少ないから厚かましく車を停めて写せますが、そこからは川が見えません。

何だろうとしか云えません。


弓ヶ淵の伝説

大字北大河原・南大河原

この付近は大河原発電所の取水えん堤ができ景観が変わったが、太古からの大きな深淵を通称「弓ヶ淵」という。

天和二年(1682)に架かれた「茅栗草子(しばくりそう)」(菊岡(きくおか)如幻(にょげん))に次のように記されている。

「昔、この地に大和守菅道臣という人がおった。名張の大領の女を奪いとって、島ヶ原の里に近い伊賀田というところにひそかに隠し住まわせておいた。やがて一人の童子をもうけた。ところがこのことが明かになり、名張の大領の徒党が射手にさしむけられた。道臣は戦いやぶれて、弓を引っ提げて、崖上より深淵に飛び入って自害した。妻もつづいて身をなげて死んだ。以後その亡霊が、いつ時を決めず、島ヶ原の観音堂(かんのんどう)に参詣しているということだ。」

弓ヶ淵という名称の起源説話といえる。』

※ 境内掲示より



明神の滝

大字北大河原

老松やさつきの生えた巨岩が木津川の河原に有り、地元の人は白滝明神という。

この地域、滝といっても川幅が狭くなり急流をなしているところで雄滝・雌滝と古くからいわれている所である。

古く奈良朝より木材供給の水運上縦横な木津川の中でも、ここから笠置浜までは筏流の最大の難所であり、南部高僧が何回も笠置寺にこもって水運をひらいたとの古文書も残っている。

又、和州神野寺の僧も何回となくこの地を訪れ、河川の祈祷をした言い伝えもある。

この付近の河原は薪炭の集荷地でもあり、江戸時代には「滝の鮎」と称された鮎の群集地であった。

南山城村教育委員会』

※ 境内掲示より


私は好きですが本当に残念な場所です。