(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年05月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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木津川市加茂町河原東大門 史跡 恭仁宮跡〔山城国分寺跡〕


京都府木津川市加茂町河原東大門にある「史跡 恭仁宮跡(くにきょうせき)山城国分寺跡(やましろこくぶんじあと)〕」です。

恭仁大橋北詰の大伴家持万葉歌碑から何とかやって来たのですが、最後の恭仁小学校前で右か左かの案内が無いという例によって見知った者が立てた道標に困ってしまいました。

宮跡って毎度のことながら空き地なんですよね。

知識が無ければ想像力も働かないので残念ながら何も思い浮かばないことがあります。


史跡 恭仁宮跡(くにきょうせき)山城国分寺跡(やましろこくぶんじあと)

名称変更 平成十九年二月六日

恭仁宮(くにきょう)は、奈良時代に聖武天皇によって造られた都です。

当時、たびたび疫病や戦乱に見舞われ、世情不安の中、こうした事態を打開するためか、聖武天皇は、奈良の平城京(へいじょうきょう)を離れ、各地を転々とした後、天平十二年(740)に現在の加茂町瓶原(みかのはら)の地を中心に新都を定めました。

しかし、恭仁宮(くにきょう)は天平十六年(744)にわずか四年あまりで廃都とされてしまいます。

その後、宮域は大極殿(だいごくでん)を中心に、山城国分寺(やましろこくぶんじ)として再利用されることになります。

山城国分寺跡(やましろこくぶんじあと)は、恭仁宮(くにきょう)大極殿(だいごくでん)をそのまま用いた金堂(こんどう)跡を中心に南北三町(約330m)、東西二町半(約275m)の広大な寺域をもつ寺でした。

山城国分寺跡(やましろこくぶんじあと)恭仁宮跡(くにきょうせき))には、現在も金堂(こんどう)跡(大極殿跡)基壇(きだん)(とう)基壇(きだん)が地表に残されています。

皆さんの立っている場所は、塔跡の正面になります。

周囲を塀に囲まれた塔は、残されている基壇(きだん)跡や礎石(そせき)跡から考えて七重塔であったと推定されます。

木津川市教育委員会』

※ 境内掲示より



恭仁宮(くにきょう)大極殿(だいごくてん)山城国分寺(やましろこくぶんじ)

この場所は、天平十二年十二月十五日(740)に、聖武天皇が「恭仁宮(くにきょう)に幸す」と宣言して、平城京(へいじょうきょう)(奈良市)から遷都してきたところで、恭仁宮(くにきょう)と呼ばれました。

聖武天皇が恭仁宮(くにきょう)に京を遷都された理由は明らかではありませんが、北に急峻な山地をいただき、南に平野がひらけてその中央を泉川(木津川)がゆったりと流れる瓶原(みかのはら)の環境も無視できない重要な要素でした。

「万葉集:には、新しき都を讃める歌が収録されています。

  三香の原 布当の野辺を 清みこそ 大宮ところ 定めけらしも(1051)

  咲く花の 色は変らず ももしきの 大宮人ぞ たち変りける(1061)

このように新京を詠んだ歌には、季節によって移ろう景観の美しさや「泉川」と呼ばれた木津川の清流に心ひかれたものが多いようです。

恭仁宮(くにきょう)の中心には、天皇の住まいや国の行政官庁が入っていた恭仁宮(くにきょう)が設けられ、宮の中央に国政をつかさどる建物が配されました。

そこには平城京(へいじょうきょう)から移築された大極殿(だいごくでん)がそびえ、天平の甍が輝いていたのです。

現在、恭仁小学校の裏にある土檀が恭仁宮(くにきょう)大極殿(だいごくでん)の跡で、昭和五十一年(1978)京都府教育委員会によって発掘調査が実施されました。

恭仁宮(くにきょう)はわずか五年余りの短命な都でしたが、この大極殿(だいごくでん)をはじめ、恭仁宮(くにきょう)の中心部はのちに山城国分寺(やましろこくぶんじ)として再利用されました。

大極殿(だいごくでん)(国分寺金堂)跡の東側は、国分寺(こくぶんじ)の鎮守社として祀られていた御霊神社(ごりょうじんじゃ)の境内地だったところで、永年地域の氏神として信仰を集めていた杜には梅や椿が繁茂して、大極殿(だいごくでん)跡とともに歴史的な景観を保っています。

恭仁宮(くにきょう)跡の発掘調査は、昭和四十九年(1974)より京都府教育委員会によって行われ、平成八年(1996)には宮域が確定しました。

木津川市教育委員会』

※ 境内掲示より


神社は見当たらないのですが、何処へ行ったのでしょうか。


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