(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年03月03日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

宇治市宇治塔川 浮島(塔の島) 十三重石塔


京都府宇治市宇治塔川xに鎮座する「浮島(塔の島) 十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)」です。

ある地図を見ているとこの島を「塔の島(とうのしま)喜撰橋(きせんはし))」とし下流側を「橘島(たちばなじま)橘橋(たちばなはし)朝霧橋(あさぎりはし))」となっているのを見つけました。

他に記憶はないのですが、平等院(びょうどういん)を見学したのと小学生の頃の遠足の際にこの島でお弁当を食べた記憶があります。

他にはあまり記憶がありません。


浮島十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)

重要文化財 昭和廿八年三月指定

宇治川大橋

文化二年(646) 僧 道登が仮設した我國史上最古の大橋であったが激流のため度々流失し久しく中絶していた。

文化二年(646) 奈良西大寺の高僧叡尊(えいそん)律師(興正(こうしょう)菩薩(ぼさつ))が是れを再建復興した。

浮島(塔の島)

叡尊(えいそん)律師が、宇治大橋を構築するに当り放生会(ほうじょうえ)を修する祈祷の道場として築いた島嶼である。

即ち島は五十四尊大会を模した再型とし、その中央に大塔婆を建立し大橋の上流一帯は綱代を禁制して漁人の漁具を悉く、此所に埋めて永遠に殺生禁断を誓い大橋の再建成就と永世護持を祈願した。

十三重(じゅうさんじゅう)石造大塔

弘安九年叡尊(えいそん)律師が大橋の再建成就祈願のため建立した日本最大の石造佛塔である。

一見卒塔婆永離三悪道の佛語に基き河水塔影を浮べて遠く滄海に潅いでは●鼈、自ら善録を結び清風支●に触れて広く山野に及べば鳥獣も亦悪報を免るとする理念に稼るものである。

塔の開眼法要には亀山上皇の御幸を拝し大橋の落慶法要と共に営まれ盛大を極めた。

塔高の五尺八寸は五智如来、十三層は十三大会の諸尊、台石の九尺四方は九会曼荼羅を擬表したものである。

塔中納蔵品(宝暦の大洪水に法界した時、発見)

如意輪観音像、十三佛、水晶五輪小塔、金造舎利塔、五銅鈴、紺紙金泥法華経、目無量五寸経、金造経筒

浮島大塔の再建

宝暦六年(1856)未曽有の大洪水に崩壊した大塔は百五十年間河底に深く埋没した侭となっていた。

明治廿六年岡山県の仁、福田海主 多田青蓮居士

叡尊(えいそん)律師の誓●を継承し、大塔の復興を発願するや近畿、東海、山陽、四國の信衆「●隋喜協賛し宇治町祝勘造氏を首め有志者亦挙って之れに協力

同四十一年(1908)仲秋、遂に克く再建の誓願を達成して大塔往古の優姿を復元した。

開眼法要は各宗寺門交々厳修旬余に及び福田海は、佛影五百万体を奉流、水燈供養を修し放生会を行った

塔の重量廿三万八千余貫、基礎は十尺立方とし、大般若経一宇一石、写経を埋納、八葉蓮台を模擬した基壇には日露戦争陣没将兵廿三万八千霊名石を納入

塔中には叡尊(えいそん)律師が奉蔵した如意輪観音像と十三佛と新たにシャム國請来の金造釈迦如来を安置し頂上の霊空蔵石には水晶宝珠と宝剣を能蔵した。

大塔再建五十周年紀年

橋寺(はしでら)放生院(ほうじょういん)

※ 塔下の掲示より


石塔下部にもう一枚文字が彫りこまれていますが、磨り減っていて読み取れません。

前の内容も同様に読み取りにくいので誤りがあれば申し訳ありません。

今回の訪問は五十年近くたっていることを思い出しました。