(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年02月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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京都市下京区富小路六条上る本塩竈町 浄土宗 負別山 蓮光寺


京都府下京区富小路六条上る本塩竈町にある「浄土宗 負別山 蓮光寺(れんこうじ)」です。

通りを歩いていると向かいも隣も寺院が延々と続いています。

大阪でも上町台地にはこのような寺院の集合した場所があるのですが、もっと閉鎖的で閉門されていることが多いのですが、この通りの寺院は少なくとも中が伺えるようにはなっています。

神社は参拝の方法が書かれているようですが、寺院の場合は合掌して頭を下げる程度で良いのでしょうか。


蓮光寺(れんこうじ)

知恩院(ちおんいん)を本山とする浄土宗の寺で、「負別如来(おいわけにょらい)」と呼ばれる本尊の阿弥陀如来(あみだにょらい)と地蔵堂に安置される「駒止地蔵(こまどめじぞう)」で知られている。

本堂にの(まつ)られる本尊は、鎌倉時代を代表とする仏師、快慶(かいけい)の作と伝えられる。

その昔、快慶(かいけい)が東国の僧の求めに応じての阿弥陀如来(あみだにょらい)を作った際、あまりに尊い出来栄えに自ら護持したいという気持ちを止められず、僧の後を追いかけた。

山科(やましな)の辺りで僧に追いつき懇願すると、僧も大いに感銘し、箱を開いたところ、仏像が二体に分れていたという。

二人は感涙し、それぞれ一体を背負って東西に別れたとされる。

この本尊はその一体といわれ「負別山(おいわけざん)」という山号(さんごう)もこれにちなんだものである。

僧が持ち帰ったもう一体の仏像は「笈分如来(おいわけにょらい)」と称され、仙台市泉区にある阿弥陀堂に安置されている。

駒止地蔵(こまどめじぞう)は弘法大師(空海)の作ともいわれ、もとは六条河原の処刑場に祀られていたと伝えられる。

鴨川の氾濫(はんらん)で埋もれていたが、(たいら)清盛(きよもり)が乗る駒(馬)が六条河原に差し掛かったとき、急に馬が動かなくなり、その場所を掘ってみると、この地蔵が出てきたことからその名が付いたという。

境内には、関ヶ原の合戦や大坂夏の陣で活躍した武将、長曾我部(ちょうそかべ)盛親(もりちか)の墓がある。

京都市』

※ 境内掲示より


偶像崇拝なのかは私には解りませんが、実物を拝んで見たいと思うのは私の身勝手な欲求なのでしょうか。