(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年10月13日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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相楽郡精華町北稲八間北垣外 武内神社


京都府相楽郡精華町北稲八間北垣外に鎮座する「武内神社(たけうちじんじゃ)」です。

近鉄京都線の山田川駅から木津川西岸を北上してきましたが、本日は此処を最後に木津川を渡って東岸を南下して自宅へ戻ろうかと考えています。

西岸の最後の訪問になるのですが、参拝しようとして駐車余地が殆どなくこんな狭い路地からまさか車が出てこないだろうと思ったところから車が出てきて迷惑をかけてしまいました。

申し訳ない。


武内神社(たけうちじんじゃ)

宗教法人としての申請書には「天保元年(1217)己歳二月八日に建立された」と書かれています。

元正天皇のころ稲蜂間光進という連がこの地に城を築き、この近郊を支配したという伝説があり、光進は養老二年(718)に夢のお告げによって、領土が安らかに治まり、五穀が豊かに実るようにと日頃尊崇する男山八幡宮の様式に習い武内宿祢を祭ったことに起源するといわれています。

その年は大変な豊作で、その喜びを初貢として、お供えをし、村中の家や蔵も米で満ちたということです。

武内神社(たけうちじんじゃ)には、いろいろな神様が祭られておりますが、祭神である武内宿祢(たけしうちのすくね)という人は、二百七十歳余までも長生きしたといわれています。

武内神社(たけうちじんじゃ)は、「長生きの神様」といわれているのです。

武内神社(たけうちじんじゃ)は、応仁の乱の兵火に罹り文明元年(1468)神殿が炎上したということです。

それから二十年余りは仮殿で祭られていたのですが、延徳二年(1490)になって稲八妻城を高橋三河守正喬という人が、一族とともに旧地に神殿を再建したと伝えられています。』

※ 境内掲示より



蛭子神(ひるこのかみ)

伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)二神の最初の子

後世えびす信仰と結びつき、商売繁昌の神となる。

(えびすさんの祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)とするものもある。)

素戔嗚神(すさのをのかみ)建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)

天照大神(あまてらすすめらおおみかみ)の弟神。

悪疫を退散させ、疫病を防いでくれる神として知られている。

八岐大蛇(やまたのおろち)退治の神話で有名。

住吉神(すみよしのかみ)墨江神(すみのえのかみ)

上筒男(うわづつお)中筒男(なかづつお)底筒男(そこづつお)の三神の総称。

神功皇后(じんぐうこうごう)新羅(しらぎ)遠征を守護したことから特に海の神様として尊崇されている。』

※ 境内掲示より


境内脇の鳥居の南側に「お宮さんの井戸」があります。

水が満々と満ちているのが見えますので、神事などには使われているという事なのでしょうか。

村落内の中心の山麓に鎮座していて、参拝者も多数のようです。

大切にされて信仰の篤い崇敬者に恵まれているのでしょう。

羨ましい限りです。


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