(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年08月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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木津川市山城町椿井天敷堂 狛弁才天社


京都府木津川市山城町椿井天敷堂に鎮座する「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)観光案内HP〕」です。

同じく山城町椿井に鎮座する「松尾神社(まつおじんじゃ)」と「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)」の案内板を見て細く狭く曲がりくねった道を車でやっとこさ登って来たのでこちらも訪問することにしました。

しかし、こちらへの道は更に狭く下りてきた車とすれちがえなくて困りましたが、相手が譲ってくれたので登って来ました。

玉台寺(ぎょくだいじ)」と「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)」が同一境内にあることが理解できていなかったので不安でいっぱいでした。


狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)

弁才天(べんざいてん)は元来インドにおいて川を神格化したもので、日本でも竹生島(ちくぶしま)奉加帳など水に関係する地によく祀られています。

狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)は、室町時代初め頃に上狛(かみこま)から椿井(こうふくつばいじ)にあけて広がっていた興福寺(こうふくじ)領狛野荘の利水や水害に関連して創建されたものと考えられています。

十五世紀中頃から後半には、興福寺(こうふくじ)大乗院(だいじょういん)一乗院(いちじょういん)から門跡が参詣し、拝殿造営のための奉加帳(ほうがちょう)興福寺(こうふくじ)内で回覧されている記録が確認されています。

狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)は、狛氏の守護神であるとされ、狛山城守秀(こまやましろもりひで)はその当時狛野荘の荘官(下司(げし))を勤めていたことから、互いの密接なつながりが伺えます。

その後。十六世紀後半頃に大規模な再興がなされたと考えられ、天正六年(1578)に木造弁才天坐像及びその眷属(けんぞく)である十五童子像が南都寺院の宿院仏師・源三郎らによって製作され、天正八年には拝殿が再建されています。

こうした一連の事業は西福寺(さいふくじ)に肖像画を残す狛佐馬進秀綱(こまさまのしんひでつな)が中心で実施したと考えられています。

なお、現在の本殿や拝殿は近世後期に再建されたもので、隣接する 玉台寺(ぎょくだいじ)弁才天社(べんざいてんしゃ)の宮寺として建立されたものと考えられています。

木津川市教育委員会』

※ 境内掲示より


不安の中でここまで来た値打ちは十分にあります。

山中にある玉台寺(ぎょくだいじ)の素晴らしさは何とも表現の難しいものですが、来れば納得できるでしょう。

更に極彩色に彩られた狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)本殿は納得のいく美しさです。

思わず本殿であることを忘れさせられてしまう所でした。

伊賀へ越して車移動を余儀なくされて、もう乗らないだろうと思っていたのですが、行動範囲が格段に広がって様々な史跡や神社仏閣を訪問することが出来ています。

嬉しい限りです。


関連情報レポートリンク

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