(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年08月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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木津川市山城町椿井天敷堂 臨済宗妙心寺派 霊宝山 玉台禅寺


京都府木津川市山城町椿井天敷堂にある「臨済宗妙心寺派 霊宝山 玉台禅寺(ぎょくだいぜんじ)観光案内HP〕」です。

同じく山城町椿井に鎮座する「松尾神社(まつおじんじゃ)」と「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)」の案内板を見て細く狭く曲がりくねった道を車でやっとこさ登って来たのでこちらも訪問することにしました。

しかし、こちらへの道は更に狭く下りてきた車とすれちがえなくて困りましたが、相手が譲ってくれたので登って来ました。

玉台寺(ぎょくだいじ)」と「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)」が同一境内にあることが理解できていなかったので不安でいっぱいでした。


玉臺寺(ぎょくだいじ)狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)[弁天山 (町名勝 昭和四十九年指定)]

江戸時代の観光案内「拾遺京都名所図会」には、上狛の弁天山、鯉鮒石(りふせき)玉臺寺(ぎょくだいじ)が一枚の絵に描かれています。

画面中央に描かれている狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)の祭神は、かつて「狛弁才天(こまべんざいてん)」とか「狛天女」と呼ばれ、京都から奈良にかけて広く信仰されていたようです。

かつて狛氏一族の守護神として祀られたこの弁才天(べんざいてん)の初見資料としては、興福寺(こうふくじ)東院の僧が室町時代(14世紀代)の瓦とあわせて、この時期にはすでに、神社と宮寺としての玉臺寺(ぎょくだいじ)が存在したことがわかります。

山城国一揆や戦国期の動乱を経て、天正六年(1580)、現在の社殿を祀られる弁才天像や十五童子像が南都の宿院仏師らによって造立されます。

上狛の血を一望できる弁天山は、中世以来、木津川と狛氏の命運を見つめていたのです。』

※ 境内掲示より


駐車場の説明書きでは、「玉台寺(ぎょくだいじ)」よりも「狛弁才天社(こまべんざいてんしゃ)」の説明の方が多いような気がしました。

神宮寺であるという事ですが、今ではお寺の方が檀家さんもいるようなので参拝者も多いような気がします。

途中の道には閉口しましたが、山の傾斜地にあるこのお寺は雰囲気の良い風情を醸し出していて感じが良いものです。