(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年04月09日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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相楽郡南山城村田山堂山 圓通山 観音寺


京都府相楽郡南山城村田山堂山にある「圓通山 観音寺(かんのんじ)」です。

隣接して「諏訪神社(すわじんじゃ)」が鎮座しています。

ここは数回通ったのですが、最近は山添村経由で奈良市から大阪へのルートを利用していましたので、こちらへはあまり来なくなっていました。


圓通山 観音寺(かんのんじ)庫裏(くり)新築記念碑

新築以前の庫裏(くり)は、今から六百年前に建立され、古文書によれば宝暦二年(1752)今から二百五十年前に再築あり、との書があり、明治七年(1874)の学校創立までは寺子屋として当時の住職が教え、田山区民の教育の館として使用された。

明治三十六年(1903)三月に大修理が行われ、以後菩提寺信仰の場として使用、昭和三十七年(1962)十月当時の住職森本教勝師が、幼児教育の向上に熱意を注がれ田山聖愛保育園を開設、こうした幾多の田山の歴史文化を育て繁栄の基盤となった庫裏(くり)でありました。

しかし、永年の風雪に耐えてきた建物も老朽化し補修も限界を越えて、建て替えすべく関係者が相集い会議を重ね、檀家及び区民の皆様に浄財の寄進を仰ぎ新築を進めることに決し、平成十一年(1999)二月十日に建設委員会を発足新築計画に着手、以来工事は平成十三年(2001)二月着工、平成十三年(2001)九月二十三日落慶法要を厳修し、茲に田山観音寺(かんのんじ)庫裏(くり)がめでたく完成いたしました。

― 略 ―』


訪問時にはあまり気が付かなかったのですが、写真を見ているととんでもないほど広い境内地を保有しているようです。

この地に人が住み始めたのは少なくとも六百年前に建立とあり宝暦二年(1752)に再築ありなんてことはについては、河内平野から越してきた者にとっては驚きでしかありません。

何とも交通至便などとは決して言えないこの地にそんなに古くから人が住んで生活が営まれていたという事には感嘆と驚きしかありません。

いやはや、感慨深いものがあります。