(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年05月03日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市土山町青土 臨済宗方広寺派 宝積山 清涼寺


滋賀県甲賀市土山町青土にある「臨済宗方広寺派 宝積山 清涼寺(せいりょうじ)」です。

総距離の無い土山町瀬ノ音にも同号の清涼寺(せいりょうじ)があります。

境内の山麓側に参道があり「半像坊参道」と彫られた石標があります。

今日は日野町方面まで辿り着きたいので、桜の季節に再訪問しなければと先送りしますが、調べてみましたが「半像坊」の事が解りません。

それにしても背面の山の岩肌が露出しているのが見える光景は素晴らしいものです。


清涼寺(せいりょうじ) 由緒沿革

當寺は、僧覚心法燈円明国師の創始なり

国師は紀州の人なり

文永二年真宗に赴かんと欲し、先ず近江を遊歴し山中を見るに厳山嶮崖の勝地あり

師この地に留場説法さる

道俗深く師の徳を尊信し財を積み堂宇を創建す

現今其のと所を堂のく●と称す

即ち師を開山始祖となし宝積山清涼寺(せいりょうじ)と名づく

文六年間兵乱にあい、諸堂焼失、幸いにして釈迦の像、其の他数品は災を免る

其の後万治二年遠州奥山より大海和尚来り、天和三年に至りて現在の地に仏殿を再建し釈迦殿と称し諸像を安置す

この時より遠州奥山方広寺の末寺となる

明治十七年、方広寺より半像権現をむかえ遷し後方の山腹に祀り、當山の守護神となせり

昭和六十三年歳晩良日刻戒』

※ 境内掲示より


何とも言えませんが、あまり見ない岩の山肌にはかなりの魅力があります。


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