(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2020年08月01日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大津市坂本 日吉大社 日吉三橋


滋賀県大津市坂本にある「日吉大社(ひよしたいしゃ) 日吉三橋(ひよしさんきょう)」です。

比叡山麓に鎮座する日吉大社(ひよしたいしゃ)の広大な境内には参道入り口に河を渡る石橋がかけられています。

文句なしの素晴らしいものです。


『重要文化財 建造物

日吉大社(ひよしたいしゃ) 日吉三橋(ひよしさんきょう)

大宮橋(おおみやばし) 一基

(大津市坂本五丁目)

大宮橋(おおみやばし)は、西本宮(にしほんぐう)大宮(おおみや)へ向かう参道の、大宮川にかかる花崗岩(かこうがん)製の石造反橋(そりはし)ですが、木造橋の形式によって造られたものです。

幅 5.0m、長 13.9mで、川の中に十二本の円柱に橋脚をたて、(ぬき)でつなぎ、その上に三列の(けた)をおき、桁上に継ぎ材をならべ橋板を渡しています。

両側に格狭間(こうざま)を彫り抜いた高欄(こうらん)をつけるなど、日吉三橋(ひよしさんきょう)のうちでも最も手が込んでおり、豪壮優大な構造の、代表的な石造桁橋です。

天正年間(1573 - 92)豊臣秀吉が寄進したと伝えられていますが、木橋が現在の石橋に掛け替えられたのは、寛文九年(1669)のことです。

大正六年(1917)八月、日吉三橋(ひよしさんきょう)の一つとして国の指定文化財となりました。

大津市教育委員会

平成十七年(2005)十一月』

※ 境内掲示より



『重要文化財 建造物

日吉大社(ひよしたいしゃ) 日吉三橋(ひよしさんきょう)

走井橋(はしりいばし) 一基

(大津市坂本五丁目)

走井橋(はしりいばし)は、大宮橋(おおみやばし)のすぐ下流にかかるお(はら)いをするための石造反橋(そり)です。

日吉三橋の中で最も簡素な構造で、幅 4.5m、長 13.8mで、川の中に方柱の橋脚をたてますが、その数も六本と少なく、また(けた)も省かれ、橋脚の頭に継ぎ材をおいて、橋板をかけています。

橋板に反りをつけることで、軽快な感じをよく出しています。

走井橋(はしりいばし)の名は、橋の傍らに走井という清めの泉があることに由来します。

天正年間(1573 - 92)豊臣秀吉が寄進したと伝えられていますが、木橋が現在の石橋に掛け替えられたのは、寛文九年(1669)のことです。

大正六年(1917)八月、日吉三橋(ひよしさんきょう)の一つとして国の指定文化財となりました。

大津市教育委員会

平成十七年(2005)十一月』

※ 境内掲示より



『重要文化財 建造物

日吉大社(ひよしたいしゃ) 日吉三橋(ひよしさんきょう)

二宮橋(にのみやばし) 一基

(大津市坂本五丁目)

二宮橋(にのみやばし)は、東本宮(ひがしほんぐう)二宮(にのみや)へ向かう参道の、大宮川にかかる花崗岩(かこうがん)製の石造反橋(そりはし)ですが、木造橋の形式によって造られたものです。

川の中に十二本の円柱の橋脚をたて、その上に三列の(けた)をおき、桁上に継ぎ材をならべ橋板を渡し、両側に高欄(こうらん)をつけています。

上流にかかる大宮橋(おおみやばし)とほぼ同規模で、幅 5.0m、長 13.9mを測りますが、構造はより簡単で、橋脚の貫もなく、高欄(こうらん)板石(いたいし)擬宝珠(ぎぼし)親柱(おやばしら)で構成されています。

天正年間(1573 - 92)豊臣秀吉が寄進したと伝えられていますが、木橋が現在の石橋に掛け替えられたのは、寛文九年(1669)のことです。

大正六年(1917)八月、日吉三橋(ひよしさんきょう)の一つとして国の指定文化財となりました。

大津市教育委員会

平成十七年(2005)十一月』

※ 境内掲示より


個人的には西本宮(にしほんぐう)大宮(おおみや)前に半分残った石橋にも興味があります。

境内には説明書き等も見当たりませんでしたが、苔生した残骸というか何とも立派な凛々しいと感じられる橋です。

日吉三橋(ひよしさんきょう)も素晴らしいと思ったのですが、私の興味をそそる史跡です。

この奥にも何かがあるのかと思いました。