(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年02月21日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

蒲生郡日野町鎌掛 臨済宗妙心寺派 普門山 正法寺〔藤の寺〕


滋賀県蒲生郡日野町鎌掛にある「臨済宗妙心寺派 普門山(ふもんざん) 正法寺(しょうぼうじ)」です。

何となくですが、日野町を訪ねて散策していたら案内図に「藤の寺正法寺(しょうぼうじ)」を見つけて丁度良い季節のはずだとやってきました。


普門山(ふもんざん) 正法寺(しょうぼうじ)

鈴鹿国定公園内の観光地「(ふじ)の寺」の名で広く知られているこの寺は、十一面間観音立像を本尊とする臨済宗妙心寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)の禅寺で、もと八坂神社(やさかじんじゃ)の脇にあった観音堂(かんのんどう)を元禄五年(1692)に普存(ふぞん)という禅僧がここへ移して再興し、同時に境内に(ふじ)も植えた。

後光藤(ごこうふじ)と名付けられているこの(ふじ)は、藤房が長く開花期は多くの人々が訪れる。

樹齢は三百年を越える。

本堂は文化十一年(1814)に再建され、境内は明治初期に整備された。

日野観光協会・鎌掛公民館』

境内掲示より


  ★地蔵堂

この石造地蔵菩薩像は、享保年間(1716 - 36) 約二百八十年前に祀られ、片足を下げているを半跏倚像(はんかきぞう)の地蔵と言います。

地蔵菩薩は、人々が巡るという六道という苦界をのどの世界でも、救済して下さる仏として平安時代から信仰され、現在もなお、現世利益の菩薩として信心されております。地蔵菩薩はまた、あの世での姿は閻魔王に化身するといわれておりますので、この堂も閻魔堂の前に立ったのでしょう。

  ★閻魔堂(えんまどう)

死後、人々の生前の罪を裁いて、六道という行く先を決めるための裁判官として、冥界には十人の王がいる、とされております。それらの裁判官を「十王」と言い、その十王を代表するのが閻魔王です。代表するので「閻魔大王」とも呼ばれます。

元禄四年(1691)約三百二十年前に、正法寺(しょうぼうじ)の創建と同時に祀られた閻魔王像で、滋賀県では数が少ない仏像です。

  ★放生池(ほうじょういけ)

放生池(ほうじょういけ)」とは、佛教では殺生をすることが禁じられております。
水の中で生きている魚や亀などを仏に護られて生きられるようにと、池の中へ放してやるための池です。
  ★石造宝塔

鎌倉時代後期に造られた石造宝塔は、時代様式をよく表わす優れた石造物として国の重要文化財に指定されている。東南面に「正和四年(1315)に衆人の浄財によって造立されたことが判明する。造立当時からここにあったのか、他から移建されたのかは不明だが、正法寺本堂厨子内に伝わる二体の鎌倉期の天部像とともに、この地方の歴史を探る貴重な文化財であろう。(石段を上がって左側)
日野観光協会・鎌掛公民館
  ★大日堂

この堂の本尊である金剛界大日如来像は、胎内銘によって天文十三年(1544)に蒲生家家臣岡宗左衛尉重俊とその妻が造像しており、その頃約2km東の雲閑山の山中にあった鎌掛城(かいがけじょう)の消滅と共に、ここよりやや北の地名大日前の山裾に移され、元禄五年(1692)正法寺(しょうぼうじ)が建立されると同時に現在地に再建された。堂前の小祠は琴平宮。一段下の社は天満宮。右の神社は稲荷社で、一帯の墓地は明治以降に設けられた納骨墓である。
日野観光協会・鎌掛公民館
  ★金毘羅宮(こんぴらぐう)

香川の琴平に本社がある讃岐の金毘羅大権現で海を航海する船の安全を護ってくださる神様ですが、その神の名を表す字が金という字を、平という字を書いても金平とも読みます。
貨幣経済が盛んになった江戸時代、お金が平らかに行き渡るようにとの願いから海には全く関係のない山近い里にも信仰が広がりこの地に金毘羅宮(こんぴらぐう)(金平宮)が祀られた。
  ★稲荷神社の伝説

江戸時代の終り頃、正法寺(しょうぼうじ)の和尚さんが毎朝毎晩本堂でお経を唱えていると、そのたびに後ろの方で何かが動く気配がします。なんだろうと振り返ってみると白い毛の年老いた狐が、本堂の縁に来ております。お経を唱えるたびに狐の姿が現れます。
このことを和尚が村人に話すると、その白い狐を見た人は沢山いて、その白狐は石楠花谷へ行く途中の山に住み着いている狐とわかり、狐もまた年老いて観音様のお慈悲に縋りたくなったのだろうと話し合われその狐のために、京の伏見にある稲荷大明神をお迎えし明治時代の初めにこの社が建てられました。

鎌掛(かいがけ)の里

「鎌掛」は「かいがけ」と読みます。 滋賀県の難読地名の一つです。 江戸初期までは「鎰懸(かぎかけ)村」でしたが、東海道土山淑と中山道愛知川宿を繋ぐ脇街道ができ、「北国街道」の宿場町が「鎌掛(かいがけ)宿」になった時から、「鎌掛(かいがけ)村」の字が使われるようになりました。 この脇街道が明治の頃から「御代参街道」と通称されるようになります。 この街道は又の名を「伊勢街道」とも呼び、昔の鎌掛(かいがけ)宿は大層な賑わいを見せておりました。 全村が真宗の門徒であり、この正法寺(しょうぼうじ)のみは村民の帰依寺として、禅宗の法灯を伝えてきております。 鎌掛(かいがけ)の里には、国の天然記念物に指定されている「鎌掛(かいがけ)谷ほんしゃくなげ群落地」と「鎌掛(かいがけ)の屏風岩」という二つの天然記念物があり、自然豊かな美しい里でもあります。』

境内掲示より


お寺のリーフレットを頂いたのですが、大変素晴らしい「ご本尊の十一面観音菩薩像(秘仏)」の写真があります。

三十三年ごとに御開帳ということですが、写真で見られるのであれば「秘仏」などにしなければよいのじゃないかと思ってしまいます。

他にも句碑が沢山あります。


関連情報レポートリンク

【日野観音霊場一覧】

  • 【第 1番札所】滋賀県蒲生郡日野町西明寺 西明寺

  • 【第 2番札所】滋賀県蒲生郡日野町蔵王 寂照寺

  • 【第 3番札所】滋賀県蒲生郡日野町音羽 神清寺

  • 【第 4番札所】滋賀県蒲生郡日野町仁本木 常福寺

  • 【第 5番札所】滋賀県蒲生郡日野町 清源寺

  • 【第 6番札所】滋賀県蒲生郡日野町 法雲寺

  • 【第 7番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第 8番札所】滋賀県蒲生郡日野町大窪 大聖寺

  • 【第 9番札所】滋賀県蒲生郡日野町松尾 長福寺

  • 【第10番札所】滋賀県蒲生郡日野町大窪 慈眼院

  • 【第11番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第12番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第13番札所】滋賀県蒲生郡日野町鎌掛 正法寺

  • 【第14番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第15番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第16番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第17番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第18番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第19番札所】滋賀県蒲生郡日野町小御門 浄教寺

  • 【第20番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第21番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第22番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第23番札所】滋賀県蒲生郡日野町中山 光明院

  • 【第24番札所】滋賀県蒲生郡日野町小谷 宗福寺

  • 【第25番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第26番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第27番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第28番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第29番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第30番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第31番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第32番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※

  • 【第33番札所】滋賀県蒲生郡日野町 ※