(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年10月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市甲賀町小佐治 佐治神社


滋賀県甲賀市甲賀町小佐治に鎮座する「佐治神社(さじじんじゃ)」です。

水口城跡(みなくちじょうあと)を訪問した時に、この付近にまで進んでしまい方向が違うなと戻った記憶はありますが、付近を散策するのは初めての事です。

あまり意識していなかったのですが、今回の訪問で甲賀市甲賀町の神社は殆ど訪問参拝することができました。

この周辺で唯一の食事をできる場所(甲賀もちふる里館)が、道路を挟んで存在したことがラッキーでした。


佐治神社(さじじんじゃ)社歴

祭神

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)

 伊邪那美神(いざなみのかみ)

 大穴牟遲神(あほなむちのかみ)

神徳

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)二柱の大神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の親神にして、この漂える日本の國を造り固めなし萬物を生ませ給うた國生みの祖神であり、また、延命長壽縁結びの大神様である。

大穴牟遲神(あほなむちのかみ)素戔嗚命(すさのおのみこと)の御子にて別名大國主命(おおくにぬしのみこと)とも申し上げる。

命は専ら國土の経営に當り田畑や山林を開き畜産を興し医薬の道を教え庶民を慈しみ給うなど智徳兼備の大神様である。

由緒

當社の創立年代往古のことは詳かでないが、棟札に「干時文明二庚寅年卯月十九日遷宮戌時大檀那佐治美作守平朝臣爲氏建立」とあり、佐治城の鎮護社として、また小佐治村・伊佐野村・平野村三郷の総社として室町中期(1470)に再興されたのである。

いっぽう、小佐治村は古く奈良時代より藏部郷に属し、平安時代康平五年(1062)平業國が伊豆より来り佐治郷(小佐治・神保・隠岐・伊佐野・平野 五箇村)を領有する。

その子孫小佐治氏が鎌倉時代元弘弘年間(1331)に至り佐治荘三箇村の領主となり小佐治の地名となす。

その小佐治氏が領主となった鎌倉時代に郷土の氏神として勧請されていたものと考えられる。

なお、くだって江戸中期延享元年(1744)に社殿が再建され今に現存する。

明治九年十月村社に列し、同四十年四月神饌幣帛供進社に指定せられ、昭和二十一年三月宗教法人佐治神社(さじじんじゃ)を設立、神社本庁に所属し、郷土小佐治の産土神として厚く尊崇し深く祭祀を修めている。

境内社

  龍田神社(たつたじんじゃ) 祭神 志那都比古神(しなつひこのかみ) 志那都比賣神(しなつひめのかみ)

 志那都比古神(しなつひこのかみ) 龍王神社(りゅうおうじんじゃ) 祭神 水波能賣神(みづはのめのかみ)

例祭

  四月十五日 古式神幸祭 神輿渡御 千枚張の鉾立』

※ 境内掲示より


力うどんを生まれて初めて食べたのですが、妻が二個も入っていると私の丼にお餅を放り込んだので、都合三個の餅とうどんを食べたせいか夕食時にも満腹で困ってしまいました。

またゆっくりと訪問したい場所です。

川を挟んで神饌田まで道を挟んで石燈籠が並んでいます。

近くに気付かなかったので再訪問なのですが、稲荷神社(いなりじんじゃ)が鎮座しているようです。

境内の一角に区長詰所門(くちょうつめしょもん)


関連情報レポートリンク

【滋賀県甲賀市 神社一覧】