(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年04月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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湖南市三雲 微妙大師塔所(藤房卿)


滋賀県湖南市三雲にある「微妙大師(びみょうたいし)塔所(藤房卿)〔妙感寺(みょうかんじ)〕」です。

妙感寺(みょうかんじ)に参拝して地図上に見える「藤原祠堂」が此処の事だと思い込んでいました。

残念ながら別に存在しているようです。

このお寺は素晴らしい参拝でした。


妙感寺(みょうかんじ)

藤房卿は、公卿時代から大徳寺(だいとくじ)開山の大燈国師(宗峰妙超)に就いて参禅し、建武元年(1334)三十九歳で出家。授翁宗弼と号して諸国を行脚されたのち、妙心寺(みょうしんじ)開山無相大師(関山慧玄)に就いて修行、大悟されて正平十五年(1360)に妙心寺のニ祖となられました。

かつて公卿時代の知行地であったこの江州三雲の郷に草庵を結ばれたのは四十二歳の頃。

その後、後醍醐天皇念持仏の千手観音を泰安する持仏堂を建立されたのが妙感寺(みょうかんじ)のはじまりです。

妙心寺(みょうしんじ)に往すること二十年、病を得て三雲に穏棲され、天授六年(1380)三月二十八日、大師は八十五歳で御遷化されました。

現在の開山塔がその墓所です。

元亀元年(1570)に織田信長の焼き討ちに遭いましたが、万治年間(1660頃)に愚堂国師によって再興されました。

大正二年(1913)には宮内省より御下賜金を賜り、微妙大師の塔所が改修整備され現在に至ります。』

湖南市観光ガイド妙感寺(みょうかんじ)より


また来ますね。